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荒廃した街の一軒家で、壁際に追い詰められた男は女に宣言した。
「長考、長考っ」
銃を構えた女との距離は三メートル。あと一歩のところで殺し損ねた女は、動きを止めて気持ちの整理を済ませると、銃を下ろしてため息をついた。
「どうぞ?」
腐りかけた木、ところどころ剥がれた黒い屋根。
女は、その真ん中に忘れ去られたダイニングテーブルの椅子を引き、男を促した。
「どうぞ?」
同じ言葉に男の判断が鈍る。椅子の脚は腐ってなさそうだが、女が触れた時に仕掛けたかもしれない。男が椅子を細かく確認していると、女は面倒そうに向かい側に立ち、テーブルに銃を置き、ヘルメットを重ねた。
男は息を呑んだ。
予想していたが、これほどまでとは。クリッとした大きな目と柔らかそうな猫ッ毛の白髪が肩まで伸び、薄ピンクと紫のラインカラーがアクセントになっていた。二センチほどの短冊形ピアスは風鈴のように揺れ、顔を出しては髪に隠れる。
美しいボディラインを強調した黒のライダースーツと、可愛らしい顔のギャップに男は魅せられていた。
モデルの仕事でも大成してそうな容姿の女が、視線を男から動かさずに、向かいの席に座ったのだ。
唯一の欠点は、どこまでも希望を吸い取ろうとする闇深い瞳。そんな瞳に見続けられていると、ブラックホールのように飲み込まれそうな恐怖を覚える。
女は、胸元のチャックを下ろしてストップウォッチを取り出すと、右側に置いた。
「始めてもいいですか?」
よく聞けば、声も美しい。鶯のような心地の良い声色で、せせらぎのような耳障り。隠しきれない傲慢さは、想像よりも幼いのかもしれない。
「始めてもいいですか?」
「あっ、ああ」
女の声は男の浮ついた心を引き戻し、男は慌てて席についた。
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