寡黙なブライニクル

3/11
前へ
/11ページ
次へ
 「や、やあ。はじめまして」  椅子に座った男は、とりあえず場を和ませようと簡単な挨拶をした。暗殺者とターゲットの関係だとしても、この貴重な六時間は対等でありたい。そんな希望もむなしく、女は顔をしかめて男を睨むと、ストップウォッチのボタンを押した。  「始めます」  「あ、うん」  無情にもストップウォッチは時を進める。女は片肘をつき、横のガラスのない窓を眺め始めた。  逃げることに夢中になっていた男は、改めて辺りを見回し愕然とした。  ここは一軒家の二階。外は瓦礫だらけで、砂埃も舞っている。金になりそうなものはほとんど盗まれ、腐敗した木材とボロボロのコンクリートが辛うじて形を残している。    『俺は神に愛されている。だから大丈夫』なんて、根拠のない自信は今日で終わり。男は考えを改め、向かいの女に話しかけた。  「や、やあ。今日はいい天気だね」  男のせいで六時間も拘束されているのだ。当然のことだが、女は視線も合わせず返事もなし。男はイラつき、文句を言った。  「あのさ、君にとってはどうでもいい時間かもしれないけれど、俺にとっては最後の六時間なの。もうちょっと融通利かせるとか配慮とかしてくれないわけ?」  女は、瞬きすら無駄だというように動かない。  「そりゃあ、俺だって悪いと思っているよ?本来なら、俺みたいな中年男が、君のような若い女の子と二人きりになることなんて、ないんだから。まあ、俺には最高のゴールデンタイムだよね。ねえ、俺と話そうよ」  男は手の平を合わせ、片目でウインク。  古臭いポーズに女はため息をつき、正面を向いた。瞳に闇を抱えたまま男をジッと見つめて、退屈そうに深く息を吐いた。  「これから死ぬというのに、おしゃべりですね」  よっしゃ、一歩前進っ。  心の中で叫んだ男は目を輝かせた。女が気持ちを吐露したってことは、少しは俺に興味を持ってくれたったことじゃないか。    「そ、そう。俺っておしゃべりだから、しゃべってないと落ち着かないの。なにか、聞きたいこととかない?」  「ありません」  「そうだよねー」  ドンッ。  男は脈なしで撃沈して、テーブルに頭を打ち付けた。男はストップウォッチを横目で確認する。こんな雰囲気で残り五時間四十五分。耐えられない。  いやいや、まだだ。  男はしぶとく、度胸を持ち合わせていた。  せめて明るく振る舞おうと、男は気持ちを奮い立たせた。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加