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「や、やあ。はじめまして」
椅子に座った男は、とりあえず場を和ませようと簡単な挨拶をした。暗殺者とターゲットの関係だとしても、この貴重な六時間は対等でありたい。そんな希望もむなしく、女は顔をしかめて男を睨むと、ストップウォッチのボタンを押した。
「始めます」
「あ、うん」
無情にもストップウォッチは時を進める。女は片肘をつき、横のガラスのない窓を眺め始めた。
逃げることに夢中になっていた男は、改めて辺りを見回し愕然とした。
ここは一軒家の二階。外は瓦礫だらけで、砂埃も舞っている。金になりそうなものはほとんど盗まれ、腐敗した木材とボロボロのコンクリートが辛うじて形を残している。
『俺は神に愛されている。だから大丈夫』なんて、根拠のない自信は今日で終わり。男は考えを改め、向かいの女に話しかけた。
「や、やあ。今日はいい天気だね」
男のせいで六時間も拘束されているのだ。当然のことだが、女は視線も合わせず返事もなし。男はイラつき、文句を言った。
「あのさ、君にとってはどうでもいい時間かもしれないけれど、俺にとっては最後の六時間なの。もうちょっと融通利かせるとか配慮とかしてくれないわけ?」
女は、瞬きすら無駄だというように動かない。
「そりゃあ、俺だって悪いと思っているよ?本来なら、俺みたいな中年男が、君のような若い女の子と二人きりになることなんて、ないんだから。まあ、俺には最高のゴールデンタイムだよね。ねえ、俺と話そうよ」
男は手の平を合わせ、片目でウインク。
古臭いポーズに女はため息をつき、正面を向いた。瞳に闇を抱えたまま男をジッと見つめて、退屈そうに深く息を吐いた。
「これから死ぬというのに、おしゃべりですね」
よっしゃ、一歩前進っ。
心の中で叫んだ男は目を輝かせた。女が気持ちを吐露したってことは、少しは俺に興味を持ってくれたったことじゃないか。
「そ、そう。俺っておしゃべりだから、しゃべってないと落ち着かないの。なにか、聞きたいこととかない?」
「ありません」
「そうだよねー」
ドンッ。
男は脈なしで撃沈して、テーブルに頭を打ち付けた。男はストップウォッチを横目で確認する。こんな雰囲気で残り五時間四十五分。耐えられない。
いやいや、まだだ。
男はしぶとく、度胸を持ち合わせていた。
せめて明るく振る舞おうと、男は気持ちを奮い立たせた。
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