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「プッ」
女の笑い声が頭上で聞こえた。男はバッと顔を上げて、女の顔を確認する。
女は無邪気に笑っていた。手で口元を隠しながら、耳を真っ赤にして目に涙を溜めている。
一番驚いたのは、あの特徴的な闇深い瞳が微塵も感じられないことだ。
「そんなに面白い?」
「はい。とっても面白いです。だって」
「だって?」
「死の間際に話すようなことじゃないですもの」
女は笑いをこらえつつ、長考のルールを丁寧に説明することにした。
「これは、命を懸けたゲームだって、ご存知ですか?」
「あ、うん。俺もここでの生活が長いからね。暗殺者の真実を暴けば勝ちなんだろ?あ、そうだ。今まで成功者っているの?」
「いませんよ」
女は即答し、男はまた、どん底に落とされた。男の予想通りだった。もし、今まで成功者がいれば、攻略方法が闇市で販売されているというウワサが流れてきても、おかしくないからだ。
わかっていても気持ちは沈む。それでも男は、女に見栄を張るために姿勢を崩した。
「うわあ、そうだと思ったあ。じゃあ、最後のワガママぐらい聞いてくれるよね?最後にしてはパッとしない場所だけど、君のおかげで華やかだ」
これも女のツボにはまった。女は涙を拭い、腹を抱えてケラケラと笑った。
「華やか、華やかだって」
「僕には、スイートピーのように見えてるよ」
「フフッ」
「そんなに屈託なく笑うなんてね。君の印象がだいぶ変わったよ」
「そうですか?」
「そうだよ。最初に会った時は殺されるかと思ったし」
キャハハハッ。
女の笑い声が響き渡る。
「ごめんなさい。私、暗殺者ですので殺しますよ?」
「うんうん。そうなんだけど、そうやって笑ってると、やっぱり年相応のカワイイ女の子だなあって思うよね」
男の発言に女は顔を赤らめて、髪の毛を指に巻き付けた。
「こういう時は、ありがとうございますでいいでしょうか。私、この仕事が長いので、こういう時の対応に困ります」
「いいんじゃない?僕はそっちのほうが嬉しいな」
「わかりました。それでは……ありがとうございます」
女は席を立ち一礼して、男に感謝を伝えた。男は和んだ雰囲気に満足していると、女は微笑んで男に告げた。
「あと五時間です」
「えっ?ああ。うん?」
対峙した時と同様の雰囲気に戻った女に、男は困惑した。朗らかに笑っていた女は妄想だったのか。何度も今の女の顔と重ね合わせて、女の瞳に宿る暗闇にめまいがした。男は情けないと思ったが、恐る恐る切り出すことにした。
「あの、さ。俺、なんか気に触ること言った?俺との会話、面白くなかった?」
女は口角を上げて無理やり笑顔を作ると、男に答えた。
「そういう気分だった、それだけのことです」
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