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女の気味悪い笑みに男は恐怖を覚えた。
命の時間は刻一刻と削られている。
あと、何時間何分だ?何分が経過した?
残り時間に気をとられて集中力を欠く。横目でストップウォッチを確認しようとするも、光の反射で見ることができない。
フフッ。
男の必死さに女は鼻で笑い、男は頬に冷や汗が伝った。
「な、なあ。俺って本当に死ぬの?」
「はい」
女に迷いがない。男は、女の背後から差し込む光が、後光のように見えた。
くそっ。なんで、俺の命を奪おうとする女を尊く感じているんだ。
圧倒的上下関係を見せつけられた男は、ガクガク震える両足を抑えるのに必死だった。女は、男をからかうように優しく話しかける。
「暑いですね」
「あっ、ああ。そう、だね」
風通しがいいとはいえ、部屋は蒸し暑い。女は手団扇で首元をあおぐと、胸元のチャックをゆっくりと下げていく。
誘惑する動きは、男の性欲を刺激する。
こちら側に来てから、男は善人であるよう努めてきた。魅力的な女性が現れれば距離を置き、それでも無理なら引っ越しをする徹底ぶり。それほど、今までの生活を大切にしていた。
地域に溶け込めるよう町内の役員も続けたし、高齢者のワガママも積極的に解決してきた。罪になりかねない行動は、徹底的に避けてきた。
今すぐ抱きしめて押し倒したい気持ちを、培った理性で抑え込む。
女はフゥとため息をつくと、手首にくぐらせておいたヘアゴムを口に加えて、髪の毛を束ねた。黒のヘアゴムから仕事に対する真摯な姿勢を感じ、女に対する好感を上げていく。
女はヘルメットの頭頂部をパカッと開け、タオルハンカチを取り出した。
「汗、拭いてもいいですか」
「あっ、うん」
拒否する理由などない。女はクスッと笑うと、ひたい、うなじ、胸元、脇、腹の順に丁寧に拭いた。
男の汗はポタポタとテーブルに落ち、小さな水溜まりを広げていく。
それに気付いた女は、拭き終えたハンカチタオルを男に差し出す。
「あなたも拭きますか?」
「ええっ。あっ、うん」
男が差し伸べた手を女は蔑視し、ヘルメットの頭頂部を開けて、新しいタオルハンカチを取り出した。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
男は動揺した。こんな状況で、女が汗を拭いたものを手渡すわけ、ないだろうが。
これでは、残り時間を短縮されてもおかしくない。
男の恐怖は増すばかり。
「あのさ、チャックは閉めてくれないかな。目のやり場に困るから」
せめて、理性だけは保ちたい。女はキョトンとした後に顔を赤らめると、チャックを一気に上げた。
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