寡黙なブライニクル

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 「あと、だいだい四時間です。もういいいですか?」  女は面倒そうに男に伝えた。女にとっては、男が殺してくれと一言いってくれれば済む話で、その言葉を待っていた。  精査された時に誘導したと判断されれば、師弟関係の先輩にも迷惑がかかる。強要できない、もどかしい。  そもそも、長考による死の回避は難しい。  ターゲットは詰んでいる。負けを認めてもらうしか方法がない。  「いや、まだだ。まだいける」  「そうですか」  力強い目。失われることのない希望の光に、吐き気がする。  あちらで邪魔者だったくせに、なぜ、のうのうと生きているのか。  こいつらのせいで、私たちはどれだけ苦労を強いられているか。  「あなたは」  「はい?」  うっかり口から出た言葉は男に拾われた。女は腹をくくり、疑問をぶつけることにした。  「あなたは、どうしてこちらにいらしたのですか?」  男は沈黙。痺れを切らした女は攻めた。  「あなたは罪を犯したのでしょう?どんな罪を?」  「どうせ知ってるくせに」  男の瞳に怒りが湧く。朽ちぬ生命力にめまいがした女は、それを上回る圧で男に伝えた。  「知りません」  「嘘だっ」  「長考のルールで、真実しか言うことができません」  「あのさあ。あんた、苦労してきていないだろ」  「はい?」  「若いっていいよなあ。俺の年まで生きれば、わかると思うよ」  思いがけない言葉に女は目を丸くした。この男は、若さだけで未熟者だと判断し、見下しているのだ。  「そう、ですね」  全身に鳥肌が立ち、女は太ももをさすった。今回のターゲットは、これほどまでに無礼だったとは。    過去を知らないから質問した。たったそれだけのことなのに、男は一人で話を膨らませ、私の人生を辱めた。  そんな危険人物を、生かしておいてなるものか。  女はふくらはぎに沿って隠していた小型ナイフを握ると、男の太ももに狙いを定めた。  距離は一人分。テーブルの下はカメラに映らないから、少しぐらい傷つけて、弱らせたほうがいいのでは。  足元にあるガラスの破片を蹴り上げ、太ももの横に落として事故を誘おうか。  そんなことを短期間で考えながら、目の前で優越感に浸る男に、しおらしい態度を演じた。  「どうか、未熟者に教えてください。教訓にします」    もちろん、どうでもよかった。女は、会話することで少しでも体感時間を減らしたかった。  「ああ、そうだよね。いいよ」  「ありがとうございます」  「結論から言えば、詐欺と恐喝、連続殺人かな」  平然と話す男に、女の両足は怒りで震えた。
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