3「……ねえ、脱いで?」

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「──あぁ! ロべールさん! ようこそお越しくださいました〜!」  シワがれた、細く穏やかな声と共に、杖をつきながら現れた『ロベール』と呼ばれた初老の女性を目にして、縫製店のミリアは勢いよく立ち上がった。    完全に声のトーンを変え、隣を抜ける彼女を視線で追いかけるエリックをよそに、ミリアは店舗入り口まで躍り出ると、ロベールに目線を合わせてにっこりと笑う。 「今日はどうされました?」 「…………こちらのお方は、おきゃくさん?」 「ええ、はい。はじめてお越しくださいましたので、当店のご説明をさせていただいたところです」 (…………まるで別人だな)  完全に「営業スマイル」「接客応対・上品モード」の彼女に、胸の中で呟くエリック。流れるように思い出すのは先ほどまでの彼女だ。  自分に向けた、『500メイル頂戴しまーす♡』というちゃっかりした笑顔とか。  『それはボタン代ですねぇ~』という『甘い甘い』と言わんばかりの顔とか。  『最後まで助けろ!』と叫んだあの顔だとか。 (……………一体、どこに消えたんだよ)  と、ぼっそりこぼす。   今日、この僅かな時間で、どれだけ彼女の『声色』を聞いたことだろう。その代わり映えに感服さえするエリックだが、次に彼の胸に湧き出たのは、虚しさと冷めた気持ちだった。  瞳を反らして、ささやかに湧き出る虚しさと共に吐き出し、憂う。 (…………まあ、特別なことでもない)  ”──人なんて、誰しもこんなものだろう。素顔を隠し・自身も偽り。騙し・騙され、虚像に塗れて生きている。” 「…………」  そう、黙って目を伏せるエリックを目にして、初老のロベールは重そうな瞼をうっすら開けると、ミリアに向かって問いかけるのだ。 「……あらぁ。おじゃまだったかしら?」 「いえいえ! ちょうど、良い頃合いでしたよ♪」  上質なケープに身を包んだロベールに、にっこりと上品に微笑むミリアは、そのまま。エリックに向き直り背筋を正して腰を落とすと 「………………それでは。『エリック様、本日は有難うございました。またのご用命をお待ちしております』」    スカートの前を少しつまみ上げ、ゆったりと送る『見送りの挨拶』。『また』という名の『さようなら』を送り、彼女は身を翻した。  ──それは、夏も近づく晴れたある日の午後。 「……で、ロベール奥様? 今日はどのようなご用件でしょうか?」 「今日はねぇ、ミリアちゃんにいいものを持ってきたのよ~」      ロベールと彼女──ミリアと呼ばれた女性の会話を聞きながら、エリックは、店を後にした。  ぎっ。と軋む扉の音を後ろに、燦々(さんさん)と降り注ぐ光に暖められた石畳を踏みしめ、歩く彼はまだ、知らない。  この出会いが、彼自身を、光の下へ導くことを。
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