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何気ない質問に、テンポよく返ってくる返事。ミリアはベストの裏地に針を刺しながら、言葉をつづける。
「ドレスって、一人で着れるわけじゃないからね。家で着せてくれる人がいないお客様もいるわけ。あとは、提案もするよ。この店は『お客様に似合う服』を提案して、作るところなの」
言いながら、腕は止めない。ちらりとこちらに一瞥だけを向け、すぐさま彼女は手元に目線を戻して息を吸うと、
「この街って、ファッションの聖地じゃん? バリエーションもあるでしょ? 流行りはあるけど、それでも種類が多いから『似合う洋服がわからない』『どんな色を合わせたらいいのかわからない』『どれを着たらいいかわからない』って人も多くて」
語るミリアは饒舌だ。顔を上げてにこやかに述べる。
「そんな人たちに好みを聞いて、似合う色や形を提案して、”爪の先から頭の先まで、さいっこうに似合うスタイルを提案する”それが、わたしの仕事。…………さすがにヘアメイクはできないけどっ。あと、メイクもっ」
「……てっきり針子かと思ったけど」
「ああ、買い物のこと? 買い物や買い付けにも行ったりするの。さっきは、足りない布とか買ってきた。ここの棚、布や糸で綺麗でしょ? インテリア兼在庫ストック棚にしてるの。後ろで布使っちゃって歯抜けになるとみっともないのよ~」
困ったように言いながら、ミリアは肩をすくめながら糸を引く。
滑らかな手元で『スッ』と小さく、糸が通る音がする。
「──で、まあ。お直しとか、小物づくりもやってるわけで。わたし、受付窓口だから。これぐらいはできるようになるよね~職人さんたちは忙しいから」
彼女は手元の糸をすぅ──っと引き上げ、小さなハサミに手を伸ばした。
その手元、”プツっ”と切れる糸の様子、”ことり”と置かれる小さなハサミ。
仕上がりを察して立ち上がるエリックを前に、彼女は軽くボタンを指で引っ張ると、続けて布地を返して、もう一度。
縫い目を撫でて仕上がりを確認し────こくりと頷き、ベストを差し出し、顔を上げた。
「────はい、完成。ボタン、割れてたから新しいの着けといた」
「…………割れてた?」
「うん、もうね~、限界ギリギリって感じでついてたから、交換しちゃった」
「…………悪いな、ありがとう」
「いえいえ、お安い御用ですとも」
答えてミリアは首を振る。彼女にとっては本当に簡単な事なのだろう。
カチャカチャと音を立てながら道具をしまう彼女を横目に、エリックはベストの内側に目をやった。破れかけていた箇所は、色を合わせた糸できちんと縫い付けてある。
「…………縫い目、綺麗だな」
その仕事に、自然と漏れる感嘆の言葉。
返ってきたのは、陽気な笑い声だった。
「そりゃーねっ、うちの職人には負けるけどっ」
「薄くなっていたのには気づいたんだけど……なかなか、手が回らなくて。……こんなに綺麗に直るとは 思わなかったよ」
「裏だし、薄くなってるところを中に織り込んで縫っただけだよ。本当なら 一本一本、糸を絡めて紡いで差し上げたいところではあるんだけど……時間かかるんだ、あれ」
「……いや、十分だ」
カウンター越し、肩をすくめる彼女に小さく首を振る。
『そっか』と小さく笑うミリアの前、エリックは何気なく辺りを伺い、問いかけていた。
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