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「…………店はいつもこんな様子なのか? さっきから、人が全然来ないけど」
いいながら、二人そろって目を向けるのは窓の外。穏やかな初夏の午後、テントの影も色濃く石畳の上に映えている。
行き交う人もまばらな通りを窓ガラスの向こう側を横目に、エリックが次に見るのは壁掛け時計だ。
この店と同じように年季の入った掛け時計の針は、彼がここを訪れてから、ゆうに小一時間以上経っていることを示していた。
顔の表層に微細な心配を浮かべるエリックに対し、しかしミリアはけらけらと笑うと、
「まーねーっ。……モーテル通りにいくつも新しい工房ができたでしょ? 若い人はそっちに流れちゃうよね~。ウチみたいに、旧街道に建つ店なんか大体こんなもんだよ~」
「……大丈夫なのか?」
「それはご心配なく〜。愛され続けて50年。ビスティーは、お客様の満足にお答えします♡」
答えながら右で作るご機嫌なサイン。
閑散としている店など全く気にもしていない様子に、エリックが(呑気なもんだな)と、わずかに笑みを浮かべそうになった──その時。
「────と、言うわけで」
「ん?」
「──500メイル。頂戴しまーす♡」
「はっ?」
声も高らかに。ぺろっと出した手の指を、ちょいちょい動かしながら言われて間の抜けた声を上げた。
一瞬、彼の中でめぐるのは『お礼』の一言である。それらを瞬時に顔面の表層にのせ、エリックは戸惑いの目を向け、
「…………え。金をとるのか……!?」
「当たり前でしょ、ただでやるわけないじゃん」
「いや……待って。君、さっき「お礼」って言ってなかった?」
「それはボタン代ですねぇ~。糸代と技術代は別料金です」
「…………ちゃっかりしてるな…………」
勝手にやっておいてこの言い分。
『当然でしょ』があふれ出るその態度に、こうべを垂れつつ舌を巻いた。
別に金を払いたくないわけではない。
『してやられた感』が否めないのだ。
(ああ、さっきから調子が狂いっぱなしだ)と苦々しく呟く彼の前、ミリアは左の方から大きめの台帳をひっぱりながら口を開け、
「言っておくけど、これでも大特価! あ、お金ないならツケておくよ? お名前は?」
「…………いや、金ぐらいあるよ」
台帳にガラスのつけペンの先をぐっと押し当てるミリアに、静かに首を振る。
その表情は今も『やられた』感が否めないが、仮にもサービスを受けている。
これを踏み倒すほど金に困っちゃいないし、踏み倒すなんてエリックのプライドが許さなかった。
────それに。
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