4「糸目の男 スネーク・ケラー」

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4「糸目の男 スネーク・ケラー」

 吹き抜ける風も心地よく。  天高く広がる空はどこまでも高く、青く、鮮やかだったのは、その日の午前まで。  どんよりと重めの雲が頭上を覆う中、ここ。  ウエストエッジの商工会議所・受付では──『糸目の男』が、その責務を全うしている最中(さなか)であった。 「……いけませんねえ〜、先月も未払いですよ?」 「………スネークさん、なんとかなりませんか?」 「……なりません。商工会会費は、必ず納めてもらわないと。こちらも、規則ですから」  困り顔でへこへこと頭を下げる『小売店の店主』に、糸目の男・スネークと呼ばれたその人は首を振った。  ────シルクメイル地方・オリオン領の西の端・ウエストエッジ・商工会議所。今日は『会費未払い』の最終受付の日だ。  本来の期日までに支払いを済ませられなかった組合員──つまり、店の店主やその関係者が、受付にずらりと列をなしている。 「スネークさぁん、それは! それはわかるんですけど……! この季節はうちも売り上げが減る時期で……!」 「えぇ、えぇー。 それはわかっていますよ? ですから先月は”つけ”にさせていただきましたが……今月もそうとなると、ねえ?」 「……そこ! なんとかなりませんか!? 毎年、来月にはまとめてお返しできてるじゃないですか! 組合長の力で、なにとぞ!」 「………………ハァ…………」    目の前、『ぱぁん!』と音を立てながら頼み込まれ、スネークは鼻の下、組んだ両手の中でこぼれた息を包みこんだ。  スネークは、この組織のトップであった。  商工会ギルドというのは、平たく言えば労働組合である。  農協・漁協・縫製・飲食・住宅──街で暮らしを営む彼らを束ねる機関・それが『商工会ギルド』。  その(おさ)を務めてから早8年。  ────このポストも楽なようで楽ではないと、スネークはひっそりとした愚痴を、ため息に混ぜこぼしていた。  下の方でせかせか働くよりは大分楽ではあるが、この役職は役職で、大変なものがある。  会費の未払い、経費のちょろまかし。露天商の営業許可、取り扱い物品の精査まで。直接関係はないが、組合員の人間関係まで降りかかってくることがある。  それを、不快に思われぬよう・かつ、舐められぬよう。言葉で、表情で組合(ギルド)全体のバランスをとる。  ──それが、彼『スネーク・ケラー』の役割であった。  正直面倒な役回りではあるのだが、彼もまた雇われの身。  そして、このような「未払いトラブル」も、8年も勤めればもう”通例行事”のようなもの。  決して なあなあにしない雰囲気を醸し出すスネークの前、小売店の店主は顔を上げ、す──っ……とネークに距離を詰め、こそこそーっと。
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