たい焼きっぽいパイと家族

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「おやつの時間よー」  春休み、と言っても大学3年目ともなると就活やら来年の卒業論文を見据えて、今からテーマを絞ることや先行研究をある程度探すことで円滑な社会人へのステップが見えてくる。  そう信じて、学部の先輩や興味のある企業に勤めているOB、OGに話しを聞く機会などのスケジュールをダブルブッキングなどがないように、自室で入念にチェックをしていたところに先程の声だ。  ちょうど区切りのいいところだったので、休憩をしようと階下に居るはずの母へとなるべく聞こえるように大声で返事をする。 「はーい」  今日のおやつは何だろう。母の作るおやつは気まぐれだけど、とびきり美味しいから楽しみだ。リズミカルに階段を降り、リビングへと続くドアを開ける。  するとそこには、母だけが居た。いつもとは見慣れない光景に不思議な感じがして、思わず首を傾げながら不思議の原因について母に問いかけた。 「あれ?真っ先に走ってきそうな愚弟が居ない?」  今日は前に新しくできたと言っていた彼女とデートの日だったのだろうか。  それでも歴代の彼女とデートしていても、必ず母のおやつ食べたさに、彼女ごとリビングに居たのだが。  ⋯⋯明日は友人と桜を見に行く予定なのに、愚弟のせいで雨が降ったらどうしてやろうか。 「あー、あの子はね。なんか、用事があるからおやつの時間に遅れるけど、絶対に残しててくれ!って念押してたわ」  もう大学生になるのに、ちっとも変わらないわ。母は、笑いながら困ったようなそれでいて嬉しいような複雑な表情をしていた。  大方、愚弟が親離れできるか不安だけど、まだ自分も子離れできていないので、まだ猶予期間ができてホッとしているのだろう。 「ま、いいけど出来たてホヤホヤが食べられなくて愚弟が地団駄踏む姿だけは想像して笑える」  そうなのだ。愚弟は、幼少期から母の手作りおやつが大好きで、将来は母が作ったお菓子を世に広めるべく自分が経営者としてマネジメントする!⋯⋯と無邪気に言ってこの春から某国立大学の経済学部に進学だ。  そんな母のお菓子を愛してやまない愚弟が、なぜおやつの時間に遅れてまでもこなさなければならない用事があるのだろう? (とにかく考えても昔から突拍子もない愚弟だから、またよく分からん理由なんだろう)  いつものこといつものこと、と自分を納得させ、ちょうどオーブンから何かを取り出したらしい母の元へと向かう。 「これ⋯⋯パイ?」 「そう。今日はね。たい焼きっぽいパイにしてみました!」  と言って、まだ粗熱をとっている天板の上には、それはそれは見事なまでのキツネ色をした魚たちが行儀よく並んでいる。  たい焼きと言えば、もっと柔らかい生地やクロワッサン生地にはお目にかかったことがあるが、パイ生地では恐らく私の人生の中で初めてだろう。  ひょっとするとどこかのお店では売っているのかもしれないが、少なくとも私の生活圏では見たことがない。 「で、母よ。なぜたい焼きっぽいパイを作ろうと?」 「え?それはね⋯⋯」  未だに二児の母には見えない無邪気なイタズラっぽい笑みを浮かべ母は、この時を待っていたと言わんばかりのウキウキ感を醸し出している。 (あ、これは愚弟が帰ってきてから聞くべきだった)  また母のしょうもない思い付きだろう。思わず私は身構えた。その瞬間、狙ったようにインターホンが鳴った。 「あら、誰かしら?」  ドアモニタを見ても誰も映っておらず、父も生憎仕事で不在。肝心の男手である愚弟も居ない。ヤバいヤツが来たのではないか、と身構えドアフォンを取って話し掛けた母に、外には出るな!と進言したのだが、多分大丈夫、などと不安を増長させる言葉しか返ってこない。  一応母に何かあっては大変だと、愚弟が昔使っていた木製の野球バットを拝借して、ついて行った。もちろん、怪しいヤツに見つかったら護衛の意味が無いので、バレそうにない位置で待機だ。 「こんにちは。どなたかしら?」 「こんにちは。すみません、お宅の息子さんからお荷物が届きました」  大きくて重かったので、ドアモニタの映らない位置で待機させてもらいました。などと自称宅配業者は言う。 (愚弟から荷物?一緒に住んでいるのにどういうことだ?)  用事があるとか言っていた愚弟が居ない時間に荷物など、部活動で夜遅くなるくらいの時にしかなかったし、そもそも愚弟はキチンと宅配が来ると言っていくマメな方なのだ。  ますます怪しい⋯⋯と、バットを持つ手に力が入る。 「ってあら?貴方宅配業者じゃないわね」  母が相手に対してズバッと言ってしまい、私は大いに慌てたもし、相手が強盗なら母が殺されかねない。  もう踏み込んでアイツを殴るべきだろうか。そう思っていると、宅配業者は笑って被っていた帽子を脱いだ。 「はじめまして、お母様。僕は貴女の娘さんとお付き合いしているものです。貴女の息子さんがお姉さんにエイプリルフールを仕掛けたい、と相談されたのでお邪魔しました」  なんと宅配業者は、私の恋人だった。私は驚きすぎて、踏み込もうと勇んだ足を止め、手に持っていたバットはカランと寂しい音を立て床に落ちた。 「あ、やっほー。二人に届け物だよ」 「じゃーん!本日のエイプリルフールは、偽荷物と宅配業者でっす!どう?母さんも姉さんもビックリした?」  そう言いながら呑気な男どもは、片方はヒラヒラと楽しげに手を振り、もう片方は、荷物と称した箱から飛び出てきた。 「⋯⋯愚弟、お前は母さんのおやつ没収だ!」 「えー!!今日は母さん、エイプリルフールがフランスで4月の魚って呼ばれてるからって滅多に焼いてくれない魚型のパイ用意してくれたのにあんまりだよ!」  ついでに入学式用のスーツ引取りに行った時に私の恋人とバッタリあったので、こんなアホで雑なエイプリルフールを企んだらしい。  もちろん、私は話しを全部聞き終わったあと、愚弟の頭を叩き、恋人には愚弟のアイディアに安易に乗るな!と叱った。 「でも、春休み中忙しいって会えなかったから⋯サプライズしたかったんだよ」  そう恋人に言われれば、母さん特製のたい焼きっぽいパイが気管に入り、しばらく咳き込んで何も言えなかったのを、母と愚弟により父へと面白可笑しくバラされる⋯⋯エイプリルフールは、ロクなもんじゃない。
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