貴方を見る

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はらはらり、貴方が舞う。 桜咲くこの季節に思い出す。 命を懸けて花咲くこの木と、彼の人生を重ね……。 花見の季節がやってくると、私はあの人を思い出す。 二人で手を繋いで歩いた桜並木。 ぽっかりと空いた左側の空間。満たされない心。 それさえも埋めようとする花が舞い落ちる。 命が尽きることは、分かっていたはずだった。 なのに、どうしてこの思いが消えないのだろう。 毎日、はらりと舞い落ちる。貴方の記憶も薄れてゆく。 生きるものには、寿命がある。 いつかは尽きるから美しいと分かる。 はらり、はらり、また零れ落ちる。 命を懸けて、今年もまた花を落とす。 春が終わるたび確かに終わりへと近づいてゆく。 母親と子供が花見をする声。降り注ぐ日差しと甘い香り。 貴方がつけていた、香水の香り。 今は亡き甘い匂いに溺れてゆく。 「君を笑顔にできるのなら、この人生には価値があったと思うよ」 貴方は、いつだって私を優先して、我儘を全部聞こうとした。 花見の季節は、病院を抜け出して。 私の手を引いて歩いてくれた。 はらはらり、目に見えぬ貴方のぬくもりが。 すこしずつ零れてゆくのを悟る。 最期の花見は、この木の下で二人。 語り合う懐かしい日々の記憶。 あなたの声が零れるたび、香が舞うたび、私の心には明かりが灯る。 花見がつくる人々の笑顔。 貴方がつくった私の笑顔。 美しい想いはいらないから、もう一度貴方に会えませんか? この綺麗な景色も、肩に落ちた花びらも。周りに満ち満ちているにぎやかな声も。どれも私に笑顔をくれはしないから。 桜の幹に手を当てて、今でもあの日を思い出す。 今年の桜も変わらず美しい。あと何年この美しさが続くのだろう。 風が強く吹く。薄桃が視界を染め上げてゆく。 一枚一枚からあなたとの思い出が溢れ出した。 零れ落ちそうになる命を、私を、まるで守るかのように。 この美しさは、貴方からの贈り物だと。そう思わせて。 まるで桜の美しさに浸るヒトのように。 今この瞬間だけは、私も花見を楽しむ。 この景色に、貴方を見る。 fin
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