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二人は中学二年の時にクラスメートになって互いに好きになった。偶々出会い、成り行きで好きになった、そんな感じだ。そして自ずと付き合い出し、互いに他の異性を知らないまま何となく愛を育み、社会人になって結婚した。まあ、そういう運命だった。
妻は縁側で庭の桃の花を眺める夫を傍観するのが何より好きだった。その時、心が洗われるように清らかな気分になり、夫の誠実さを如実に物語っているように思い、夫を信頼し、安心感が高まり、時には開いているのか閉じているのか分からない細い目も手伝って半眼の仏のように尊いとさえ思うのだった。
しかし、結婚生活3年目の春、妻は夫に異変を感じた。桃の花を眺める目が異様に輝き、表情がだらしなくにやけているのだ。
妻は何とはなしに不安になり、安心を得ようと夫に寄り添ってみると、夫は放心したまま呟いた。
「き、綺麗だ…」
「…ほんとにね」と妻が言うと、はっとした夫は我に返って思わず寄せられていた肩を離して言った。
「な、なんだ、いたのか」
妻は春風駘蕩を打ち破るように叫んだ。
「何よ!いたのかはないでしょ!」
「あ、ああ、いや、悪かった」
「もう、おかしな人」
「ハハハ、いや、まあ、春の陽気って奴は人をおかしくするもんだね」
「にやけてたし…」
「えっ」
「目も爛々としてたし、あんな顔、ついぞ見たことがないわ」
「えっ、いつ?」
「いつって今さっきよ」
「あ、ああ、そっか、ああ、そうそう、桃の花がピンクだからさ、何か色づいちゃってさ…」
「なのに何で私から離れるの?」
「えっ、離れた?」
「だって、あなた、仰け反ってるじゃない」
「あ、ああ、まあ、何て言うか、急にお前がいることに気づいてびっくりしたんだよ」
「ふん、自分の妻なのに…」
「ハハハ、ほんとにねえ…いや、だからさ、さっきも言っただろ、桃の花見ながら色づいちゃってさ、恥ずかしながらお前の乳輪を連想しちゃったんだよ。そこへもってきて急にお前がいることに気づいたもんだからさ…」
「まあ、そういうことだったの、それでか、ふふ」と妻が納得して含み笑いすると、夫は秘かに思った。
「馬鹿め、お前の乳輪な訳ないだろ、第一、お前の乳輪は茶色くて小さい。とてもじゃないが桃の花には例えられん。なのに喜んで、正に四月馬鹿だな。俺はな、昨日、年度末総決算とばかりに枕営業で寝てくれた綺麗な綺麗なお姉ちゃんの乳輪を連想してにやけてたんだよ。結局の所、覚醒したんだな。てな訳で俺はもうあの娘に首っ丈になっちゃったから不倫しちゃおっかなあ…」
そうなんです。夫は新しい女を知ってエイプリルフールに豹変してしまったんです。
妻も只の馬鹿ではなかった。あれから半年位経ったある日、夫への疑いを日に日に募らせていた彼女は、スマホを横に置いて昼寝している夫の寝顔を見て閃いた。そうだ!顔認証して中を見てやれ!案の定、眠っているのか起きているのか分からない顔のお陰で顔認証出来た妻は、通話履歴やメール履歴で浮気しているのが容易に想像出来た。で、何が半眼の仏よと彼女は自嘲し、宛ら涅槃の境地に達した仏陀みたいな夫の寝顔を憎悪と皮肉を込めて見下すのだった。
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