伸明 4

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 結局、そんな諸々のことが、わかると、途端に居心地が悪くなってきたというか…  目の前の伸明には、すまないが、一刻も早く、この場から、立ち去りたくなった…  伸明に対する愛情も薄れたとまでは、言わないが、伸明に対する、私の気持ちに変化が、現れたのは、確か…  確かだった…  それは、どんな変化か?  これは、自分で、言うのも恥ずかしいが、これまでは、もしかしたら、私は、伸明と結婚できるかも、しれない…  明らかに、身分が天と地ほども身分が違うにも、かかわらず、そんな夢を持っていた…  それは、大げさに、言えば、宝くじで、一億円が当たるような夢だが、それでも、心のどこかで、  …もしかしたら?…  と、気持ちがあった…  それが、事実…  偽りのない事実だった…  が、  それが、今、夢だと、わかった…  私が、心の片隅で抱いた、小さな夢に過ぎないと、わかった…  すると、どうだ?  自分で、自分に笑ってしまうが、途端に、伸明のことなど、どうでも、よくなってきた…  所詮は、結婚できない…  結婚なんて、ありえない相手だと、気付いたのだ…  そう、思えると、伸明のことなど、どうでも、よくなってきた…  所詮は、身分違いの恋…  身分違いの相手だ…  私が、どう背伸びしても、届かない相手…  そう、考えれば、興味も失せる…  若い、中学生や高校生が、手の届かないアイドルに夢中になるのと、同じ…  若いから、決して、手の届かないアイドルに夢中になるが、私のように、32歳にも、なれば、手の届かないアイドルに夢中になって、追っかけをしたり、グッズを買ったりする、バカバカしさに、気付く…  それと、同じだ…  要するに、いつまでも、夢見る少女では、いられないということだ…  と、  そこまで、考えて、自分という人間は、いかに、自分勝手か?  と、思った…  手に入るかも、しれないと、思っていたときは、夢中になり、真逆に、手に入らないと、わかると、途端に、手のひらを返して、冷たくなる…  まるで、子供だ…  ベクトルは、変換したが、絶対値は、変わらなかった…  つまりは、同じ強さで、真逆にブレる…  これまでは、好き…  そして、これからは、好きじゃない…  これを、例えば、数値に置き換えれば、80や90が、好きとすると、今度は、真逆に、マイナス80やマイナス90になるとでも、いうべきか?  つまり、同じぐらいの気持ちで、伸明に興味を失ったとでも、いうべきか?  私は、思った…  そして、そんな私の気持ちが、表情に現れたのだろう…  目の前の伸明の態度も、また、変わった…  どう変わったと言えば、難しいが、必要以上に、私に接しなくなったとでも、いえば、いいのだろうか?  これまでは、  「…寿さん…大丈夫ですか?…」  とか、  「…寿さん…カラダに気をつけて下さい…」  と、頻繁に声をかけてきたが、違ってきた…  声をかけてこなくなった…  これは、思い過ごし?  私の思い過ごしかもしれない…  が、  なんだか、私と伸明の間に、急に冷たい空気が、流れ出したというべきか…  途端に、よそよそしくなった気がした…  これは、私でも、伸明でも、同じ…  同じだった…  これまでとは、一転して、他人に近くなったといえば、言い過ぎだが、どこか、距離を感じた…  私は、伸明に…  伸明は、私に…  距離を感じた…  これは、私の思い過ごしでは、決してない…  互いに、どこか、よそよそしくなったのだ…  だから、口を利かなくなった…  私も伸明に…  伸明も私に…  口を利かなくなった…  だから、いたたまれなくなった…  互いに、この場にいるのが、苦痛になった…  そして、気が付くと、  「…帰ります…」  と、言っていた…  私の口から、出ていた…  が、  当然のことながら、それを、伸明は、止めることは、なかった…  だから、私も、  「…では、失礼します…」  と、軽く、伸明に頭を下げて、病室を出た…  また、病室を出るときには、不思議と体調が、回復していたというか…  この病室を出るのに、たいして、体力を必要としなかった…  これが、仮に、伸明に、  「…では、失礼します…」  と、言って、この病室を出ようとして、そこで、カラダが、満足に動かず、その場に倒れでもしたら、目も当てらない…  それでは、ギャグ…  まるで、お笑いだ…  だから、それに、気付くと、  …カラダが、動けてよかった…  と、心の底から、安心した…  そして、私が、この諏訪野伸明のいる病室から出ようとすると、出入り口にいた、見るからに、屈強なボディーガードの男二人が、まだ、立っていた…  私は、彼らに、  「…帰ります…お仕事、ご苦労様です…」  と、軽く頭を下げて、二人の前を歩いた…  そして、当たり前だが、彼らは、私には、なにも、しなかった…  ただ、私が、彼らに頭を下げたから、彼らもまた、反射的に、頭を下げた…  それだけだった…  私は、足早に歩いた…  一刻も早く、自宅に帰りたい…  思うのは、それだけだった…  正直、伸明のことは、どうでもいい…  ナオキのことも、心配だが、今は、ナオキには、悪いが、それどころではない…  一刻も早く、家に帰って休みたかった…  そして、そんなことを、言えば、ついさっきまで、本来伸明の寝るベッドに、寝ていたではないか?  と、突っ込みが入るかも、しれない…  が、  自宅と、伸明のいた病室では、違う…  なにが、違うかと、問われれば、安心感が、違う…  やはり、自宅は、病院と違って、安心できる…  それは、私のように、病気持ちの女が、言うのは、おかしいのかも、しれない…  なぜなら、私のように、病気持ちの身では、病院の方が安心できるからだ…  いつ、自分が、倒れても、病院にいれば、医師が、すぐに、対応できるからだ…  が、  しかしながら、仮に私が、余命いくばくもない身だとしたら、どうだろう?…  最後は、自宅で、死にたいと、願うかも、しれない…  私には、家族も、なにもない…  たった一人の身内である、母は、すでにない…  あるのは、疑似家族…  疑似の夫のナオキと、疑似の息子のジュン君だ…  だから、ホントは、彼ら二人に、見守られて、死にたい…  それが、私の本望…  本望だ…  だから、今もそれと、同じ…  同じだ…  いくら、焦ったところで、病気が、どうにかなるものではない…  だから、それを、思えば、自宅で、死にたい…  自分が、もっとも、心安らぐ場所で、死にたい…  そう、思った…  そして、そんなことを、考えながら、五井記念病院を出て、家路に向かった…    家に着くと、私は、まず、着替えようとした…  必死になって、歩いてきたからか、体中汗ばんだ気がした…  実に、自分が、汗臭く感じた…  それが、嫌だったのだ…  これは、当たり前…  なんといっても、私は、病気持ち…  癌持ちの身だ…  いくら、体調の良いときでも、普通の人より、体調が、悪いのが、当たり前…  そんな人間が、遠く離れた病院に通うだけでも、大騒動…  だから、普通のひとよりも、大量に汗をかく…  当たり前のことだった…  だから、着替えようと思ったが、着替えるとなると、今度は、お風呂に入りたくなった…  ホントは、軽くシャワーを浴びるだけでも、良かったが、やはり、きちんと、浴槽に浸かりたい…  そう、思った…  我ながら、我がままというか…  ドンドン、希望が、増える(笑)…  案外、私は、欲張りな女?…  常に、自分を主張する女?…  そう、気付いた…  なにしろ、次々と自分の希望が増える…  そして、そんな女は、会社でも、学校でも、家庭でも、常に、自分の主張を次々と、言い、それを、通そうとするものだからだ…  いわゆる、我がまま女…  もしかしたら、自分も、そう…  同じだと、気付いた…  会社や、学校で、嫌われる女の典型だと、気付いた…  これは、マズい!  と、思った…  自分では、気付かなかったが、もしかしたら、自分は、他人に嫌われる人間の典型を持ち合わせているのかも、しれない…  ただ、これまでは、それを、抑えていただけ…  生まれた家庭は、母子家庭…  決して、裕福ではない…  だから、もしかしたら、本来わがまま放題の性格だったものを、無意識に抑えていたのかも、しれない…  家が、貧乏なのに、我がままは、できないからだ…  そして、それが、いつのまにか、ナオキの事実上の妻として、成功し、生活の質も、向上した…  が、  生来の貧乏性のせいか、我がままには、なれなかった…  と、そこまでは、よかったが、癌にかかり、己を抑えられなくなった…  これまで、無意識に自分にブレーキをかけていたのが、歯止めがきかなくなった…  そう、思った…  自分でも、それまで、気付かなかった自分の我がままさが、出てきている…  そう、気付いた…  これは、マズい!  実に、マズい!  これでは、誰にも、嫌われる…  それは、困る…  困るのだ…  なぜ、困るのか?  それは、私が、病人だから…  病人は、誰かに、面倒を見て、もらわなければ、ならない…  一人では、なにもできないからだ…  だから、誰かに、助けてもらわなければ、ならない…  例えば、病院に入院すれば、医師や看護師に助けてもらわなければ、ならない…  が、  いかに、医師や看護師とて、人間…  当たり前だが、好き嫌いはある…  仕事だから、患者の面倒は、見るが、やはり好きになれない人間を、積極的に、面倒を見る気には、なれない…  必要最小限の面倒を見るだけだろう…  そう、思った…  が、  それでは、患者が困る…  できれば、医師にでも、看護師にでも、できる限り、面倒を見て、もらいたいと、思うのが、人情だ…  それが、患者の願いだ…  が、  当たり前だが、嫌われていては、無理…  できない…  私は、なぜか、今、お風呂に入ろうか、どうしようか、悩んでいたのが、いつのまにか、いかにひとに愛されるのかについて、考えていた…  これは、自分でも、意味不明…  なぜ、こんな展開になってきたのか?  理解に苦しんだ…  が、  これも、病のせいだと、思えば、納得する…  病のせいで、頭がおかしくなったと、思えば、納得する…  そういうことだった(笑)…                <続く>
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