5人が本棚に入れています
本棚に追加
フレンチトーストには甘い魔法がかかっている
「お、おれの人生、おわっ……た……」
漫画の世界でもないのに行き倒れで死にそうになることもあるんだ。
なんて他人事のようなことを考えながら、夜明け直後の地面の冷たさを頬に感じる。
アルコールの残る頭が重くて痛くて、起き上がれない。
いっそこのまま死んだら安らかな気持ちを取り戻せるだろうか、とさえ思えた。
「……あれ? えーと、死んでますかー?」
意識を失う直前、間延びした声が頭上から降ってきた。
(まだ死んでねぇよ)
緊張感のない声に、若干イラッとして意識が戻ってきた。
「こういう時は……110番通報? いや119番かな?」
「…………」
どちらも勘弁してほしい。
俺はしぶしぶながらも顔を上げた。
「……ちょっと眠いだけだから、ほっといてくれ」
「そうは言われても、ここ、僕の店の前だから、困るんだよね」
なんとなく聞き覚えのある声だと思いながら顔を見たら、なんとなく見覚えのある顔がそこにあった。
(でも、誰だっけ?)
「あれっ? 中島くん?」
相手は俺のことを覚えていたらしく、先に名前を言い当てられる。
「……おまえ、誰だ?」
頭が痛すぎて思考が回らない。面倒なので、率直に聞いた。
「えー、やだなぁ。高校で同じクラスだった。犬山圭祐だよ。図書委員も一緒にやってたのに、覚えてない?」
――思い出した。
ぼんやりしてるくせに身長が高くて顔がいいというだけで女にモテて、いつも図書室の当番の時に女に絡まれていた、いけすかない野郎だ。
会うのは、高校の卒業式以来だから、七年ぶりだ。
「ワンコかよ……」
特に仲がいいわけではなかったが、クラスメイトたちが『ワンコくん』と呼んでいたので、俺もそう呼んでいた。
確か、色素が薄くて若干長めの髪がゴールデンレトリバーを連想させるため、とかいう理由だった気がする。
よりによってなんでこいつに見つかってしまったんだろう。
はぁ、とため息をつきながら、俺は上半身を起こす。
「悪い。すぐいなくなるから、地図を見せてくれないか?」
「地図? なんで?」
「家まで歩いて帰るからだよ」
現在地はだいたい把握しているが、家までの道のりはわからない。
スマホの充電も切れてしまっているので、こいつに頼むのが一番手っ取り早かった。
「家、この近くなの?」
「いや、電車で三十分ぐらいの場所だ」
「駅、そこにあるけど?」
「金がねーんだよ。酔っ払って地面で寝てたら、財布をすられちまったみたいでな。スマホの電池がねぇから、交通ICも使えねぇし」
ああ嫌だ。こんな情けない話、こんな野郎に知られたくない。
しかし、上手な嘘でごまかせるほど、俺は器用なたちではなかった。
「……とりあえず、うちの店入る?」
最初のコメントを投稿しよう!