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進路の話
体育祭が終われば次は文化祭。と思いきや実はその前に中間試験があり、終わったら放課後を使って名簿順に個人面談が始まった。内容としては来年度の文理選択と現時点での進路希望の確認ということらしい。ということで初日最後に呼ばれた俺は、人のいなくなった教室で担任と向かい合っていた。
「大谷くんは理系でいいんだっけ」
「はい」
「進学先は? このまま附属の大学でいいの?」
「いえ、多分受験すると思います」
「ああ、そうなんだ。なんで?」
「家計的に私大はちょっとって言われてるので」
「家計?」
ちなみに俺のクラスの担任は優しそうかつ若干気の弱そうな若い坂口先生という人で、なんとなくこの間夏子姉さんが連れてきた松坂さんを思い出させるような人だ。先生は手元の資料をぱらぱらとめくり、そのうちの一枚で視線を止めた。
「ああ、お姉さん多いんだっけ」
「……まあ、ですね」
担任という立場上家族構成を把握されているのは当然なのだが、やっぱりどうしても座りが悪い気持ちになってしまった。しかし今さらそんなことを言っても仕方がないので、気を取り直して口を開いた。
「一つ上の姉の進路にもよるかもしれないですけど、でもその上の姉がやっぱり国公立って言われてたんですけど結局私大に行ってるので、せめて俺はって言われてて」
「なるほどね。成績はいいから問題ないと思うけど、受験するならそのうち対策も考えていかないといけないね。ちなみにもう志望校決まってるの?」
「具体的にはまだないですけど、なるべくなら近い方がいいです」
「実家に?」
「実家というか、……あの、ここの大学に」
「ん?」
手元の資料から顔を上げた先生は、俺をまじまじと見るとふと表情を緩めた。
「もしかして彼氏できちゃった?」
「えっ? あ、いや」
「はは、なるほどそうか。いいなあ青春だね」
「あの、違います別にそういうわけでは」
「いいよ隠さなくったって。僕もここの卒業生だし。でもそうか、なるほどね。もしかして相手小島くん?」
「それは本当に全然違います」
小島の嫌そうな顔が頭に浮かんで思わず強く否定してしまったが、これでは彼氏がいること自体は認めてしまったも同然だった。先生もそれを察したのだろう、楽しそうに笑い出し、ますます居心地が悪くなってしまった。
「そうか、勘違いだったか。誰と付き合ってるの?」
「それはちょっと、」
「進学先が決まってるなら3年生かな。でも部活とか入ってなかったよね、どこで知り合ったの?」
「いや本当にあの、追求しないでください……」
思わずうなだれてしまうと、先生は「ごめんごめん」と笑った。
「じゃあまあ、来年は理系クラスで受験も視野に入れるということで」
「はい……」
「進学先決まったり悩んだりしたらなんでも相談してね」
「あ、はい。すいません」
「じゃあ終わりでいいよ」との声にほっとして立ち上がる。しかし教室から出る時に「恋愛相談でもいいよ」と笑いながら付け足され、思わず逃げるように扉を閉めてしまったのだった。
*
なんだか無駄に疲れてしまった面談を終えて帰宅途中。突然慎二さんに呼び出されたので方向転換して部屋を訪ねると、相変わらずラビ夫に囲まれた部屋で正座した慎二さんに頭を下げられた。
「頼む、勉強教えて!」
「……俺が?」
第一声に面食らってしまったがとりあえず鞄を置いてテーブルの向かい側に腰を下ろし煙草をくわえると、両手でうやうやしく火を差し出された。何なんだ一体この状況は。
「宏樹しか頼る人がいないんだよ。特待生っつってたし頭いいんだろ?」
次いで差し出されたのは先だっての中間試験の成績らしい。受け取って目を通すと、見事に赤点が並んでいた。
「すごいですね。こんなの初めて見ました」
「そう? 俺はよく見るけど」
「そんな堂々と言われても」
「とりあえず赤点をなくしたいっつうか成績あげたいんだけど、どう?」
「どうって、でも慎二さん2年ですよね。さすがに無理ですよ」
「それはそうなんだけどそれ以前の問題なんだよな。1年の範囲からさっぱり分かんねえの、去年一切勉強してねえから」
「一切?」
思わず顔を上げると、慎二さんは真面目くさった顔で頷いた。
「だってタカ高だぞ。勉強なんか誰もするわけねえだろ」
「そんな自慢気に言われても」
確かに地元でもある意味有名というか、名前さえ書ければ入試に受かると噂される高校ではある。タカ高だけは避けたいと高校受験前に必死に勉強していたクラスメイトもいたくらい治安の悪さでも有名なものの、それでも高校である以上ある程度は勉強しないといけないのではという気もするが、そういうものでもないのだろうか。
「だからもうこの際ちょっと一から教えてほしくて。1年の範囲から」
「それならまあ……でも何で急に勉強しようと思ったんですか?」
「いやそれがさあ、担任と面談があって、進路指導的なやつ。で、イギリス行きをちょっと相談したんだけど」
「あ、やっぱり追いかけるんですか」
西園寺さんが卒業後に海外留学をするという話は夏休みに聞いていた。その時追いかけないんですかと尋ねたこともあったもののさすがに遠いだろうなと思っていたのだが、どうやら真面目に検討を始めたらしい。
「そう。そしたらなんか普段の成績が結構大事らしいんだよな。で、担任が俺の成績見て、これじゃとても無理だっつって」
「あー……」
「だからまあ、今さら遅いかもしんないけど一応やれるだけはやっとこうかなと思って」
眉を下げた慎二さんは煙草に手を伸ばした。
進路に関わる話となると若干荷が重いというか、責任を取れる自信がいというのも正直なところだったが、珍しくまいった顔をしているので力になりたい気持ちもなくはない。
「ちなみに慎二さんって文理選択どっちなんですか」
「文系。だから文系はクラスで各教科得意なヤツを捕まえたんだけど、理系の友達がいなくて。で、宏樹理系っぽい顔してんなあと思って」
「どんな顔ですかそれ」
「もしかして違った?」
「いや、理系の予定ではあるんですけど」
「だろ、そんな顔してるもん」
「どんな顔ですか」
そんなに分かりやすい顔なんだろうかと思いつつ、もう一度成績表に目を通す。理系科目ということは、この中では数学と化学だろう。
「数学はいいんですけど、化学はちょっと自信ないです」
「マジか、助かる。数学だけでも十分。けど化学どうしよっかな。誰か得意な友達いねえ?」
「聞いてみないとちょっと、でも西園寺さんは? 頭良さそうじゃないですか。先輩だし」
我ながらいい考えだと思ったのだが、慎二さんは苦い顔で首を振った。
「美波には頼りたくないっつうか、そもそもイギリス行き考えてるとかも言ってねえしこんなんで苦戦してるとか見せたくねえもん」
「格好つけてる場合じゃなくないですか? 成績悪くて行けなかったらその方が困るでしょ」
「そうなんだけどさあ、分かるだろこの男心が。つうか恋人に勉強教わるとか恥ずいじゃん」
「後輩に教わるよりいいと思うんですけど」
「別に宏樹に教わるのは恥ずかしくねえよ」
「えー……じゃあちなみに元哉さんは?」
「元彼の力はもっと借りたくねえな」
「ああ……」
「……」
「……」
「……言うなよ、元彼とか」
「俺のセリフなんですけど」
こんな時は話を変えるに限る。
というか元に戻そう。
「まあ、でもそんなこと言ってる場合じゃないと思うんですけど」
「そうだけどさあ。他にいない?」
「じゃあちょっと聞いときます」
とはいえ友達も少ないので選択肢は小島と安田と上野くらいしかなく、そして小島の協力は得られないだろうし上野は部活で忙しいだろうから実質安田しかいないのだった。俺と同じく特待生だったはずなのでおそらく成績はいいだろうと思うが、勉強や得意科目なんかの話は特にしたことがない。
とりあえず一旦保留にして、念のため2年の教科書も見せてもらおうと思ったところ、
「教科書? どこだっけな、どっかその辺にあるかも」
曖昧に指さされたのは部屋の片隅に物が雑多に積まれたゾーンで、漫画やら雑誌やらゲームやらが山になっていた。何でこの中に教科書があるんだよと思いつつ山を崩すと、確かに底の方に真新しい教科書達が確かに散らばっていた。
「本当に全然やる気ないですね」
「ない!」
だからそう堂々と、いやもういいか。
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