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物語の始まり
おとぎ話の王子と王女は、運命的な恋に落ち、苦難を乗り越えて結ばれるのが常でございます。けれども、現実の王子と王女は、激しい気持ちの盛り上がりは特になく、国同士の利益のために結ばれるものです。政略結婚ですから、利害の一致がなくなれば、力関係の強い国が約束を反故にすることもあり得ます。
フローランス王国の王太子ヴィクトール殿下と私は、十年ほど婚約関係にありましたが、婚礼の話がなかなか具体的に進みませんでした。幼い頃に婚約したので私はさほど気にしていなかったのですが、歴史書でも数十年に一度しか記載されないような天災が立て続けに起きて対応に追われ、そろそろと思った時期にヴィクトール殿下のお爺様である先王が崩御され喪に服さなければならなかったという事情もありました。喪が明けるのを待つ間に我が国は新興国から戦争を仕掛けられ、戦いが長期化するうちに国力が弱まってきたため、ヴィクトール殿下と私の婚約は破棄されてしまうかもしれないという噂がひそかに流れていました。
そんなある日の夕刻、ヴィクトール殿下の側近であるアドヴィン様が、火急の用とのことでおいでになったのです。
「ブランシュ王女殿下。至急フローランスへおいでいただきたいのです」
「今から早馬で出立しても、フローランスまでは数日かかります」
「ご安心ください。王道を使えばすぐに着きますので」
フローランスは魔法の国です。我が国では普及していない魔法陣が施された王道を使うと、瞬く間に王城へ辿り着きました。
「ブランシュ! 会いたかった!」
広間の扉が開くと、漆黒の髪に紫の瞳の可愛らしい少年が私に駆け寄ってきました。急に迫られたのでびっくりしましたが、私は精一杯心を落ち着けて訊ねます。
「あなたは、どなたですか?」
「ヴィクトールだよ! 君の婚約者!」
確かに少年の面立ちは、出会った頃のヴィクトール殿下とそっくりです。でも、こんなに無邪気な雰囲気ではありませんでしたし、なにより、
「ヴィクトール殿下は私よりも、三つ年上ですが……?」
周囲を見渡すと、みなさまも困った顔でこくりと頷かれました。
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