Ⅵ. hate

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Ⅵ. hate

部屋に入ってすぐ右に机があった。 机の上にはどくろマークのある紫色の液体が入っているびんが3つある。 「毒?」 『それ、飲んでよ、かわいいお嬢ちゃん。』 どこからか、若い女性の声が聞こえた。 声のした方をきょろきょろと探すと、黒い革のソファに若いお姉さんが足を組んで座っているのが 見える。よく見ると、床はフローリングで、ここはどこかの家の中のようにも思えた。 「え?こわいよ」 『そう?じゃあ、私が飲ませてあげる。』 そう言って彼女は近づいてくる。 「石、じゃないの?」 『何を言ってるの、あんた。』 彼女は机にある毒の瓶を無造作に1つ取って、蓋を開ける。目線の高さまでしゃがみ、少女の頬をぐいっと掴んだ。一つ一つの動作が荒かった。 『飲めよ、なあ、飲めよ!』 「こわい」 ふと、彼女のポケットに小さい紙が入っているのが見えた。少女はなぜかどうしようもなくそれが気になって、毒を飲まされずに紙を取ろうともがいた。 『嫌でしょ!ねぇ?嫌でしょ!ほら、泣き叫びなさいよ、嫌だと!』 「いや・・・。わからない。こわい」 『なんでわからないの?あなたも私と一緒の思いをするのよ!』 彼女は瓶を逆手に持ち、少女の口に押しやった。少女は必死に口をつぐむ。 「んん」 気づけば彼女は涙を流し、その涙は床に落ちて石のように割れていた。 少女は口の中に流れてくる毒を飲み込むまいと息を止めながら、かろうじて紙を奪い彼女の題を暗唱した。 『嫌だって言えない自分が嫌だ』 毒も彼女の姿も圧迫された感じも消え、少女は意識を奪われた。 ~~~~~~~ 「フ~~~~!!」 パーティー帽子を被った男が、ミラーボールの照らす部屋で、ソファの上に立って腰をくねらせている。 外に漏れているのではないかと不安になるほどの大音量のダンスミュージックが、耳を馬鹿にする。私は肩を組み踊り狂っている彼らを見ながら、一人ため息をついていた。 「どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。」 元々私は大学の友人と飲み会に参加していた。 大学こそは華々しい生活を、と思い立って、週1で遊びに出かけるサークルに友人と入ったものの、私にはやはり合ってなかったと最近思うようになった。 でももう遅い。 今更やめるとは言い出せず、今日もまた二次会に来ている。 今日は何かの記念日だそうで、一緒にサークルに入った友人も先輩に連れられてここに来ていた。 「どう?優ちゃん、楽しんでる?」 「え、まあ、はい。」 大して喋ったことのないチャラそうな先輩が話しかけてきた。優ちゃんなんて呼ばれたこともない。 馴れ馴れしい彼にやめてというのも場を壊す気がして、何もツッコめなかった。 「どう?踊んない?ほら、こっち、来なよ」 誘われて部屋の真ん中の方へ行く。 友人が「あら、優、どこにいたの?」なんて、身体を揺らしながら声をかけてくる。 「ほら、こっちこっち。踊ろうよ。」 金髪ピアスの彼が私の腰に手を回し、身体を揺らしだす。微妙に触れている手に違和感を感じながらも、この場をやり過ごそうと身体を横に揺らした。 「さぁ、お待たせしました、みなさん!ここで、特製ドリンクを配りまーす!」 サークルの部長が、マイクを片手に、彼の言ったドリンクらしき紫の液体を片手に、乾杯の音頭をとる。 「行き渡ったー?まだまだ夜は終わらなーい、はい、かんぱーい!」 男女の浮かれた乾杯の声が聞こえる。 隣の男も「ほら、優ちゃんも、ほらほら」と言い、毒々しいドリンクを渡してくる。 「はい、どうぞ、ほら、乾杯」 「あ、はい」 グラスを合わせる。 得体のしれないこの液体を何の抵抗もなく飲めるほど、私の頭のネジは外れていなかった。 「ほら、飲みなよ」 「あ、ちょっと、後で喉乾いたときに飲むので。」 「あ、そう?じゃあ、ほら、踊ろうよ。」 音楽に飲み込まれて私の声すらあまり聞こえない。 断り切れない自分に嫌気がさしていた。 目に焼き付く蛍光色の残滓が、今もミラーボールから照らされる蛍光色と重なって目が痛くなってくる。 その向こうで、友人が「ちょっと熱くなってきた、はぁ」と艶めかしい声をあげている。 彼女のドリンクはすでに3分の1しか残っていなかった。友人の横にいた先輩が、彼女にひっそりと何かささやいている。それに納得したのか、友人らはそっと部屋を出ていった。数人の男がそれを見て、後をついていった。 「え、あれって・・・。じゃあ、これは・・・」 友人を助ける気持ちより、自分も同じ目に会うかもしれないという不安の方が高かった。 「ねぇ!優ちゃん、聞いてる?」 先輩から話しかけられていたことにやっと私は気づいた。 「ドリンク、早く飲みなよ」 彼のその目は血走り、もはや正気ではなかった。 「え、い、いや、」 「飲まないの?」 「あ、あの、」 嫌だと言うのは今なのに、口からその言葉が出ない。 「部長、先輩、ちょっと手伝ってもらっていいですか?」 先輩は近くにいた数人の男を呼び、私の頬を掴んだ。 「なぁ、早く飲めよ。あ、先輩抑えててください」 抵抗できないように手足を掴まれる。 片手で頬を掴んだ先輩が、逆手で私のドリンクを持ち、私の口にねじ込んだ。 「んんん!」 口の中に液体が入ってくる。私は必死で飲まないように息をとめた。 「こいつ、息を止めてるな、先輩お願いします。」 その言葉を聞いた直後、お腹に鈍い衝撃が走り、私はうめき声をあげる。 「や、やめて、嫌だ、嫌だ!」 「言うのが遅いよね、やっと飲んだ。先輩、じゃあ俺はちょっくらこいつをあの部屋に持っていきます。」 「オッケー、後から行くわ。」 意識のかすれる向こうで彼らの軽い言葉が聞こえた。 視界は靄がかかったように薄暗くなり、正気を保てなくなった。 ~~~~~~~ 少女は息を大きく吸った。口に流れてくる何かも毒の瓶も彼女の姿も、もうそこにはなかった。 「はぁはぁはぁ、こわかった」 部屋に入るたびにいろんな人の辛い記憶を体験すること。 これからも続くかもしれない、次の部屋も心がかき乱されるような、頭に歪な音が鳴り響くような、そんな感情を抱くかもしれない。 もう嫌だ、怖い、とその思いが少女の足をその場にとどまらせる。 次の部屋への扉の前で、少女は考える。 「でも、しりたい。わたしがなにをわすれてるか、なにか、たいせつなこと」 その決心が足を突き動かす。 少女は何かを知りたい一心で、新しい部屋に足を踏み入れた。
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