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「さぁ……結局見つからないんだっけ?」
「中学の時に見かけたきりなんだろう。話したのも一度だけだと言っていたしな」
「完全に一目惚れじゃないですか」
「本人は認めてないけどね。好きじゃなくて気になってるだけみたいな」
小学生だよねー、と松隆くんが馬鹿にしたように笑う。ふぅん、と相槌を打って、考える。
蝶乃さんが桐椰くんの元カノ、か。変なの。
***
放課後の眼鏡店にて、私は弦から縁までショッキングピンクで染まった眼鏡を手に取った。
「あっコレなんかどうっ」
「桜坂、さっきからふざけてる? 絶対似合わないよね?」
これで五つ目だよね、と告げる松隆くんの笑みの裏にある怒りが心なしか深くなってきた。渋々、その眼鏡も元の位置に戻す。
「だって……私は自分に似合いそうな眼鏡を選んでるだけなのに、松隆くんが全部だめだしするから……」
「だから、似合うって思ってないよね? どキツイパープルとかショッキングピンクとか。黄緑もだめ。その色はさっき見たのと同じだろ」
やや茶色がかった橙色の眼鏡を取ろうとして、取る前に怒られた。むっとして見上げると、松隆くんもむっと柳眉を寄せる。
「桜坂、俺、別に虐めてるわけじゃないから。似合わないって言ってるだけだから」
「それが虐め……」
「桜坂、紺色とか似合うのに」
私の細やかな反撃を無視して松隆くんが手に取ったのは、やや明るいネイビー。どちらかというと青色に近い。その眼鏡の両端を持ってスッとかけてくれる。私からは見えないからなんとも言えないけれど、松隆くんは満足げだ。
「それにしなよ」
「えー……」
「何が不満なの?」
笑みで占められた顔のこめかみに今度は青筋が浮かんだ。
「不満というか……不満ですけども……」
「何が? 色が? 形が? それとも俺が選んだのが?」
「い、色です! 断じて松隆くんに文句はありません!」
慌てて答えながら突っ返す。
「嫌いなの?」
「……嫌いというか、ちょっと嫌な思い出があるといいますか」
ごにょごにょと答えると、松隆くんは溜息をつく。
「じゃあどうする? 他は……、赤色?」
ワインレッドよりは明るい、けれど赤よりは落ち着いた色の、オーバル型の可愛らしい眼鏡。それなら別にいいや、とかけてみると、松隆くんが頷いた。
「はい決定。それにしよう」
「いいの?」
「赤色も似合うから大丈夫」
普通の女子だったら照れるようなことをサラりと言えちゃうんだなぁ、と感心しながらお財布を探していると、その手を止められた。
「いいよ、弁償するって言ったし」
「でも弁償なら直すだけでよかったのに、」
「似合わない眼鏡を修理してどうするの」
ここまで爽やかな笑顔で毒を吐ける人を、私は知らない。
「今までの眼鏡で度は合ってるの?」
「うん」
「了解。それじゃ、これ買った後にコンタクトね」
松隆くんは赤い眼鏡を手に、店員さんのところに行ってしまった。暇になって、手持無沙汰に犬の眼鏡置きの口の中に指を入れて遊ぶ。帰って眼鏡が変わってたら、なんて言われるだろう。無駄遣いって言われるかな。でもちょっとぼかして、学校で壊れちゃったから弁償してもらった、って言ったら、何も言われないかな。それとも気づかれないかな。
──あの人は、もし見たら、似合うって言ってくれるかな。コンタクトにしたら、どんな表情をするかな。
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