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弱点を突かれたように心臓は跳ね上がり、そのまま早鐘を打ち始めた。ドクドクドクと大きくなった脈が耳元で聞こえてくる。緊張、焦燥、吃驚、全てが入り交り……、結局困惑した表情をしてしまう。
「誰……から、聞いたの、それ……」
「中学の同級生。鶴羽樹っていうんだけど、知ってる?」
知らない名前だったけれど、幕張匠の名前を知っているということはその関係の人だろう。そして幕張匠という名前自体は――懐かしいと言っても嘘ではなかったけれど、それだけでは足りないほどの意味が込められた名前だった。
「そういう反応をするってことは、幕張匠と少なくともなんらかの関係はあるんだね」
コーヒーカップをテーブルに置き、私の隣に座りながら「幕張の名前なんて、知ってるやつはそんなにいないよ?」なんて嘯く。
「彼は、ある意味都市伝説のような存在だからね」
幕張匠は、数年前に忽然と消えた、幕張グループの跡取りだ。
松隆グループと比べると大したものではないけれど、幕張グループはそれなりに大きな財閥だった。それこそ、当時は幕張グループを含めて六大財閥なんて呼ばれ方をしていた。
ただ、その幕張グループは、”人”に恵まれなかった。会長が引退を考える頃、その跡取りと目される子や孫には、揃いも揃って資質が欠けていた。なんなら、他の財閥が牛耳る会社でのポストを約束され、幕張グループを裏切った人までいた。
そんな中に現れたのが、幕張匠だった。会長の四男の長男だったけれど、四男は出来の悪さを理由に地方の子会社へ追いやられていて、幕張家の集まりに呼ばれないことも多いほど粗雑な扱いを受けていた。だから、そんな彼に長男がいるなど、誰も知らなかった。
大人相手に引かない弁舌の巧みさか、それともグループの置かれた状況への分析力か、とにかく会長は幕張匠を大いに気に入った。途端に手のひらを返し、その両親も含めて幕張匠を可愛がった。誰がどう見ても、次の跡取りは幕張匠だった。
だから、幕張匠の父親は死んだ。後を追うように、その妻も亡くなった。
そして幕張匠も消えた。それを受けてか、会長は体調を崩し、その隙に幕張家の人間はハゲタカが貪るようにグループ会社を食い尽くし――最後の会社が他の財閥に吸収合併されると同時に、幕張グループはその歴史を閉じた。
「俺が聞いたのは、正確には桜坂が幕張家に出入りしてたって話。従兄弟――ってわけでもなさそうだし、それが本当だとしたらまあ使用人かとも思ったんだけど、その反応は元カノのほうかな?」
どうやら、元カノという部分は鎌かけだったらしい。やっぱり、この人は怖い人だ。
「……だからただでやられるような弱い女子じゃないって?」
とはいえ判断するには少し尚早じゃないだろうか、暗にそう告げたけれど、クックと松隆くんは喉の奥で笑った。
「だってそうだろ。彼は、幕張家の跡取りを自称するハゲタカ連中を前に、たった十三歳かそこらで大立ち回りをしてみせた、正真正銘の跡取りだったわけだよ。その関係者が、ちょっと閉じ込められたくらいで大人しくするたまかな?」
ついでに桐椰くんを怖がることもなかったし、こんな俺達との契約をのんでるし、と別の要素を出されて、少し納得した。確かに、一見して不良みたいな桐椰くんを怖がらず、挙句よく知りもしない御三家と契約を結んでるなんて、我ながら豪胆だ。
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