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「実際、さっきの無名役員の腹部には上履きの汚れもあったし。桜坂が蹴ったんだろ、よくやるよ」
そういうところまで想定して目をつけていたんだ、そう聞こえてきそうなほど確信に満ちた声だった。
知る限りの情報を頭で総合して答えをはじき出し、ギリギリを攻める。その頭の切れに、悠然と座る姿も相俟って、リーダーとしての格を見せつけられた気がした。
「ま、あれが土壇場での度胸だったかどうかは別として、少なくとも桜坂を選んだ俺達の目に狂いはなかったってことだ」
結果が目論見通りであれば、文句はない。その声音はは取引相手としての冷静さと無関心さを同時に孕んでいた。
利用した挙句に見込み通りだったので満足した、なんて、本当は文句のひとつでも言ってやりたい気分だったけれど、それ以上に感心してしまっていた。やっぱり、この人はあの御三家のリーダーだ。
「……私と幕張匠の関係って、桐椰くん達も知ってるの?」
「いや、知らないよ。どうかした?」
「知られたくない」
だったらせめて、バレるのはこの人だけでいい。
「黙っててほしいなら黙っておくけど、どうして?」
幕張が元カレって知られたくない? その質問には首を横に振った。
「できれば花菱高校の人に知られたくないから……。もう随分前に終わった話だし」
「随分前……そうだね、幕張匠が消息を絶ってからもう二年くらい経つか」
「……松隆くんは、幕張匠のことを知ってるの?」
もしかして会ったことがあるのだろうか。おずおずと訊ねると「さあ、知ってるってほどじゃないよ」と肩を竦められた。
「まあ、一応これでも松隆家の次男だしね。噂で耳にすることもあるし、人づてに色々聞くこともあるし」
「計算高い腹黒悪魔ですしね」
「そのとおり、情報は持って損することはないから、気にしてはいるほうなんだ。そういうわけで、いまの話を遼達は知らないけど、バレたくないなら自分で気を付けてね」
「はあい」
それより、この人の前で、私はどれだけのことを隠し通せるだろう。一緒にいればいるほど、些細な言動から綻びを掴まれて、色んなことが芋づる式にバレてしまいそうだ。気を付けなければ、とゴクリと喉を鳴らしてしまった。
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