二、御三家と下僕の契約事項、注意書き

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「実際、さっきの無名役員の腹部には上履きの汚れもあったし。桜坂が蹴ったんだろ、よくやるよ」  そういうところまで想定して目をつけていたんだ、そう聞こえてきそうなほど確信に満ちた声だった。  知る限りの情報を頭で総合して答えをはじき出し、ギリギリを攻める。その頭の切れに、悠然と座る姿も相俟って、リーダーとしての格を見せつけられた気がした。 「ま、あれが土壇場での度胸だったかどうかは別として、少なくとも桜坂を選んだ俺達の目に狂いはなかったってことだ」  結果が目論見(もくろみ)通りであれば、文句はない。その声音はは取引相手としての冷静さと無関心さを同時に(はら)んでいた。  利用した挙句に見込み通りだったので満足した、なんて、本当は文句のひとつでも言ってやりたい気分だったけれど、それ以上に感心してしまっていた。やっぱり、この人はあの御三家のリーダーだ。 「……私と幕張匠の関係って、桐椰くん達も知ってるの?」 「いや、知らないよ。どうかした?」 「知られたくない」  だったらせめて、バレるのはこの人だけでいい。 「黙っててほしいなら黙っておくけど、どうして?」  幕張が元カレって知られたくない? その質問には首を横に振った。 「できれば花菱高校(うち)の人に知られたくないから……。もう随分前に終わった話だし」 「随分前……そうだね、幕張匠が消息を絶ってからもう二年くらい経つか」 「……松隆くんは、幕張匠のことを知ってるの?」  もしかして会ったことがあるのだろうか。おずおずと訊ねると「さあ、知ってるってほどじゃないよ」と肩を竦められた。 「まあ、一応これでも松隆家の次男だしね。噂で耳にすることもあるし、人づてに色々聞くこともあるし」 「計算高い腹黒悪魔ですしね」 「そのとおり、情報は持って損することはないから、気にしてはいるほうなんだ。そういうわけで、いまの話を遼達は知らないけど、バレたくないなら自分で気を付けてね」 「はあい」  それより、この人の前で、私はどれだけのことを隠し通せるだろう。一緒にいればいるほど、些細(ささい)な言動から(ほころ)びを掴まれて、色んなことが芋づる式にバレてしまいそうだ。気を付けなければ、とゴクリと喉を鳴らしてしまった。
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