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「お前らも投票用の名簿回さなかっただろーが。どっちもどっちだろ、仕事寄越せ」
「名簿回さなかったのは俺じゃねーよ、そこの女子だろ」
赤木くんが責任転嫁しようとばかりに指差した先には、黙々と看板を塗る女子グループがあった。その中の一人が正直にも硬直したので、どうやら犯人は彼女――八橋さんらしい。
「おい、何で回さねーんだよ」
早速ヤンキー・桐椰くんが絡みはじめ、八橋さんはガタガタと怯えて肩を震わせはじめた。少し俯き加減でもあるせいで、ショートの黒い髪にその表情はきれいに隠れてしまった。
髪の隙間から遠慮がちな目が一瞬だけこっちを見て、すぐに逸れた。「え……っと……」と蚊の鳴くような小さな声が答える。
「答えろよ」
あからさまに苛立った声で、チッと桐椰くんが舌打ちした。怖い。八橋さんと一緒にいる女子達も、怖くて庇うことすらできないらしく、困ったように顔を見合わせている。
桐椰くんが黙って見下ろすこと数十秒、そのプレッシャーに耐えられなかったらしい八橋さんが漸くその小さな唇を開いた。
「桜坂さんに……回しちゃ……ダメって……」
「誰が?」
「……その……生徒会の人に……虐められるからって……」
「俺、今何て言った? 誰に回すなって言われたか聞いたんだよ。なんで言うこと聞いたのかなんて誰も言ってねぇだろ」
あーあ、桐椰くん、そんなに強く言わなくてもいいのに。八橋さん泣きそうだよ。
「ご、めんなさ……」
「謝れとも言ってねぇじゃん。いいから早く言えよ」
さすがに八橋さんが可哀想。桐椰くんの後ろからその背中をシャーペンで小突いた。桐椰くんの不機嫌な顔が私にまで向けられる。
「桐椰くん、いいじゃん別に。桐椰くん、顔怖いんだからあんまり女子虐めちゃだめだよ」
「虐めてねぇよ。つか、お前も関係あるだろ」
「そんなこと言ったら私も一緒になって虐めてるみたいじゃん!」
「うるせぇ共犯だ」
「酷い!」
「あ、あの……」
私と桐椰くんが言い争いしてる間に、八橋さんの大きな瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。あーぁ、桐椰くん、泣かせちゃった。
「わ、わたしが……勝手に回さなかっただけだから……」
「はぁ? お前さっきと言ってること違うだろ。誰に言われたんだよ」
「だから桐椰くんそんな言い方しちゃ駄目だってば」
「ご、ごめんなさい……」
「だから謝れって言ってねぇだろ」
話が進まない。桐椰くんもそう思ったらしくて、わざとらしく深い溜息をついた。
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