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咲かない桜
それから十年の歳月が流れた。
今年の春、とうとう神桜は花を咲かせなかった。
「御神木としての寿命が尽きたのだろう」
村の年寄がそう言った。
成人した枢は、咲かない桜を見上げていた。
父のもとで木工の修業を積んだ。父から、もう一人立ちせよと言葉をもらったが、二親はそのあと村を襲った流行り病で亡くなった。
数年前から、神桜の花の数が減っていることに皆、気付いていた。
里の桜の寿命は百年位と聞いていた。この神桜がいつからあったか知らないが、その命が終わろうとしているのだ。
ここ数年、不作が続いていた。その上に流行り病だ。
すべてが神桜の寿命に関係していると、村人皆が恐れ信じていた。花の数が減った桜木に神は宿らない。村は神に見捨てられたのだと──。
ある晩、村長が村役二人を伴って枢の元を訪ねた。
「とうとうこの春、神桜に花がつかなかった。御神木の寿命が尽きたのだ。そこで新しい桜を植えることになった。それは、どういうことかわかるか?」
「はい。亡き父から聞いています」
枢が答えると、村長は肯いた。
「今の御神木を切ったら、その幹で新しい御神体、山神様を造ってもらう」
それこそこの村での、枢の、いやこの家の為すべきことだった。
「承知しております。ただし、木を乾燥させる時間が必要です。切ったばかりの木にすぐ鑿は入れられません」
木材は乾燥すると収縮したり、場合によってはねじれて変形してしまう。
御神体は 一木造りという、一本の木から彫り出す方法で造る。しっかり乾燥させないまま造り始めると、彫り出した山神様が割れたり、ゆがんだりする恐れがあった。
「乾燥にどれくらいかかる?」
「一年は必要です」
「では、来春まで乾燥させてから作業に入り、出来上がり次第奉納するのではどうか」
「はい。それならば」
話は整い、村長たちは帰って行った。
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