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お役目
翌年の春。枢はかつて神桜があった場所にいた。
神桜として崇められていた桜の木は伐採され、枢の元に運ばれて一年が経ち、乾燥が終わろうとしていた。
神桜があった場所には、伐採したあとの切り株だけが残っていた。
枢は悩んでいた。
父も、そして祖父も携われなかったお役目に今取り掛かろうとしているのに、迷いがあった。
枢の村では、山を登った所にある小さな祠に山神様の像を御神体として祀っていた。
御神体は代々、御神木の桜が寿命を迎えるとその木を使い、村の木工職人が新しい山神様を彫って奉納するのが習わしだ。
今の山神様を奉納したのはいつの頃だったのだろうか。桜の木の寿命が百年というのだから、その位昔ということだ。
つまり父も、祖父も、そして曾祖父も、山神様を彫るための修業はしてきたが、結局その役目を果たせずに亡くなっていった。
ようやっと枢の代になって、そのお役目が回ってきたのだ。木工職人として、それはとても名誉なことだ。
しかし……。
枢には、山神様の姿が思い浮かばなかった。
今、祠にある山神様のお姿を拝めれば何か手掛かりが得られるかもしれないが、今の山神様に自分が対面できるのはこの夏、新しい山神様を奉納する時だけだ。
だからどんなお姿なのか、どのように彫ればいいのか、まったく見当がつかないまま取り掛からねばならなかった。
家にかつての山神様の下絵がないかと探してみたが、そうしたものは一切残っていなかった。
迷い悩んだ枢は、かつてそこにあった神桜を思い浮かべて、切り株の前に座す日々が多くなっていた。
「ちょっ、ちょいと、そこの兄さん」
後ろから声がかかり、振り向くと一人の女がこちらに足を引きずりながら近づいてきた。
「助けておくれ」
そう言うと、女は枢の前に倒れ込んだ。
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