奉納の日

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奉納の日

 山神様が完成し、御神体として奉納する日がきた。  白い布に包まれた御神体は輿(こし)に乗せられ、村の屈強な若者二人が前後を担いだ。そのあとを村長と村役二人、それに枢が続き、山を登ることになっていた。  若者の一人は豪太と言って枢の顔見知りだったが、大切なお役目のためか緊張して顔は青白かった。もう一人の男は知らない顔だったが、やはり顔は強張り枢の顔を見ようともしない。  一行は夕刻に村を出発し、一刻程かけて山を登り、やがて山の奥深くにある祠の前に到着した。村役の一人が祠の扉にかけられた錠前を開ける。 「な、なんと……!」  鍵を手に村役が驚きの声を上げる。もう一人の村役、そして村長が扉の前に集まる。 「山神様が、いらっしゃらない!」 「どういうことだ?」 「盗まれたのか?」 「そうなのか? いや、しかし、鍵はかかっていた」 「それなら何故?」  枢以外の、そこに居合わせた者達が騒いだ。 「だから──」  村役の一人が口にした。 「だから、災いが村を襲ったのか……」  その言葉に皆が納得した。 「それなら、こうして新しい山神様を奉納すれば、きっと災禍は収まるだろう」  村長の言葉に皆が肯いた。  枢が白い布のまま御神体を祠に収め、そこで白い布を取った。御神体は造った本人以外、誰も見てはならぬことになっていた。  山神様は、あの女の姿形にそっくりだった。  枢は祠に安置した山神像を優しく手でなぞり別れを告げると、祠の扉を閉めた。すかさず村役の一人が鍵をかけ、もう一人がその前にお供物を捧げた。  これで無事終わりのはずだった。  と、その瞬間、二人の若者が後ろから枢を羽交い絞めにした。 「!」  突然のことで枢は一瞬驚いた表情を見せたが、村長の顔を見て何かを悟ったように静かになった。 「山神様は我が村の宝。わしら村長、村役さえそのお姿を見てはならぬことになっている。唯一山神様を目にした者、つまり山神様を彫り出した者は、この場で命を捧げるのが昔からの掟なのだ」    枢は縄をかけられ身動きを封じられた。若者二人は輿の裏に隠していた小刀や鍬を手にする。 「枢、すまない。恨まないでくれ」  豪太が泣きそうな声で枢に詫びた。 「決まりならばしかたがない。恨むわけはない」  落ち着いた枢の声だった。  為すべきことは為した。命を取られることに、諦観する気持ちがあった。  二人がそれぞれ刃先を枢の方へ向け構えたのを見て、枢は静かに目を閉じた。   一刻……約三十分
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