十二月十二日

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十二月十二日

 師走の冬山の中、男が道に迷い彷徨(さまよ)っていた。かつて枢が造った御神体を山へ運んだ豪太だ。  豪太は焦っていた。今日は十二月十二日。この日は、山に入ってはいけない掟があった。  今夜は年に一度、山の神が自分の山の木を数える日なのだ。もし誤って山に入ってしまうと、木と間違われて目印の紐で(くく)られてしまうという言い伝えがあった。 「おい、お前は豪太ではないか?」  後ろから声をかけられ、豪太はびくっとして振り向いた。  なんと二十年前、あの山の祠で消息を絶った木工職人の枢が立っていた。 「か、枢か?」 「ああ。久しぶりだな。元気そうで何よりだ」  枢は日に焼けて健康そうな顔を(ほころ)ばせた。 「あ、ああ」  不思議なことに枢は、二十年前と変わらぬ二十歳そこそこの姿のままだった。 「今日は山に入ってはいけない日だぞ」  枢は豪太に小声で注意をする。 「わかってる。道に迷ったのだ。お前こそどうして?」 「俺か? 俺は山神の手伝いをしている。さあ、山神に見つかる前にさっさと山を下りろ。案内を付けてやるからあとを付いていけ」  枢はそう言うと、指笛を吹いた。  するとどこからか白い鹿が現れ、付いて来いとでも言うように豪太の目をじっと見つめてから先を歩き出した。 「有難い! 助かった」  豪太は枢に礼を言うと、白い鹿を追って歩いた。  豪太は無事に山を下りたという。 <了>
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