モンスターの部屋

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 高校二年の二見恵子は24時間だけ時間を巻き戻す超能力者である。自衛隊の秘密工作員を父に持つ彼女は政府の依頼で、人間そっくりな戦闘用アンドロイド・ゴンタロウと合体し、今日もこの世の悪に挑戦する。  政府の依頼で、総合商社ディスク・トロン社のラボに潜入した二見恵子は思わず「ひでえ」とつぶやいた。  能力の限界の24時間、時間を巻き戻したものの、救えたのは数名の選手だけ。  これに彼女はショックを感じていた。  「いったい、何人犠牲にしたのよ!」  事の起こりは世界の半導体大企業やIT企業を買収するので有名な大富豪が主催する格闘家を集めたトーナメント大会だった。優勝者には1億のファイトマネーという破格の賞金で世界の格闘家が名勝負を繰り広げたが、その目的が優勝者の身体の乗っ取りだったとは……。あまりの主催者側の貪欲さに恵子はめまいを覚えた。  「この野郎、人間を会社と勘違いしてやがる!」  ラボに不似合いな高級ベッドから起き上がった大富豪、ビル・グリーンの姿は奇怪そのもの、彼は格闘家の身体に自分の意識ごと転移させただけでは飽き足らず、参加者の身体の優れた部分だけをつなぎ合わせて、フランケンシュタインの怪物をはるかに凌駕するモンスターと化していた。  なんせ赤の他人の身体をつなぐなど無茶もいいところで、必ず拒否反応で組織が腐ってしまう。そこで各切断面ごとに培養液を入れたカプセルで保護し、無理やり肉体を繋いでいたのだ。当然、重量は重くなり、人間の足腰、背骨では体を支えきれない、それを補うべくグリーンはチタン合金製の背骨と昆虫のような機械の下半身で補強していた。  恵子は合体しているゴンタロウに訊いた。  「よりにもよって、こんなモンスターに自分の意識を引っ越すか! 究極の無駄遣いじゃんか!」  するとグリーンは、こう答えた。  「うるさい! 私は私の未来に投資したのさ!」  もちろん英語で答えたのだが、それはゴンタロウが翻訳して恵子に伝えていた。  「このクソが! もうてめえは人間じゃねえ!」と、恵子は叫ぶと、ゴンタロウが丁寧にも通訳して伝えたのでグリーンは怒りだした。  「うるさい! 私はパーフェクトを目指したのだ! それなのに、こんな中途半端な体を他人に見られるなんて、屈辱だ!」  恵子は呆れて叫んだ。  「なに言ってんのよ、このクモ人間!」  「黙れ! 死んでもらう!」  そう言って、グリーンが向かってきた時に、恵子に想像もしない異変が起きた。なんとゴンタロウが中の恵子を体外に出すと、単身で戦い、グリーンを木っ端みじんにしてしまったのだ。  戦闘用マシーンなので、上半身は生身に近いグリーンなど敵ではない。  ゴンタロウの操縦者である恵子は、驚愕のあまり、口をあんぐり開けた。  (ヤバい! ゴ、ゴンタロウが故障した!)  ゴンタロウはロボット三原則を厳守するようにインプットされていた筈なのだ。  人間に危害を加えない。  人間に危害を加えない限り命令は厳守する。  人間に危害がおよばない範囲で自己防衛する。  (それなのに、暴走しやがった! いったい何が原因なの!)  と、恵子はパニックになっていたものの、すぐ深呼吸して気を取り直し、主人としてゴンタロウをいさめた。  「あ、あんた、それ人殺しだよ、ロボット三原則はどうしたの!」  すると、ゴンタロウは平然と、このように答えた。  「安心してください。私は正常です。あなたを外へ出したのは万が一を考えたんです」  「な、なに言ってるのさ、何処が今のあたしが安全だというのよ! 丸腰じゃんか!」  「戦闘するより、はるかに安全です」  「やかましい! この人殺しが! 善人ぶって!」  「落ち着いてください。あの人間の組織をつなぎ合わせた機械には、人間の脳がありませんでした。AIがグリーンさんらしく動いていただけです。それなら恵子さんの補助なしで破壊できます」  「じゃあ、本物のビル・グリーンはどうなったの?」  「あのベッドにもう一人寝ています、あれがグリーンさんです」  「ええ!」  恐る恐る恵子が近づいて確認したら、そこには骨と皮ばかりに痩せたグリーンの亡骸が横たわっていた。  「心臓音は聞こえません、完全に亡くなっています」  恵子は試しに手をグリーンの目の前で動かしたり、息してないか鼻に当ててみたが反応なし。  それでへなへなと恵子は腰を抜かしてしまった。  「きゃあ! マジで死んでる!」  「膵臓に大きな癌が出来ています。おそらく全身に転移して手術できなかったんでしょう。確実にビル・グリーンさんは数時間前に他界しています」  「そんなに詳しくわかるんなら先に言いなさいよ、死体を触っちゃったじゃない! こ、この電化製品! また中に入るからファスナー開けな!」  そう命じると、ゴンタロウは素直にファスナーを開けて、「どうぞ」と、答えた。  ゴンタロウを着ると、慌てて恵子はラボを逃げ出した。  選手の救出は自衛隊に任せることにしたのだ。  (こ、こんな幽霊屋敷みたいな所、まっぴらだわ!」  恵子はグリーンの怨霊が、ラボの建物全体に漂っているような気がしてしかたなかった。                              了
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