カナの章

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カナの章

 きらきらした光があった。私はそこに、まっすぐ進んだ。肩には大きな鞄を抱えて、通学の途中であったはずなのに、そんなことは不思議にも思わないでただまっすぐ進んでいた。  大きくて、きれいで、こっちにおいで。そう手を振っているみたいだったからだ。行かなきゃ。あそこに行かなきゃ。肩の紐を握りしめて、必死で走った。なのに、どうしてだろう。  とても小さな光が見えた。大きな光よりも、ずっと微かで、淡い色合いで、見落としてしまいそうなくらい小さかった。なのにとても、とても気になってしまったのだ。  ぴたりと足を止めて、少しだけ後ろ髪を引かれたけど、私は微かな光に歩いていった。  ――カナ。あっちに行くんだ。さあ、あっちに。  なぜだかそう聞こえたような気がして、急がなきゃ、と思うのに、うまく足が動かない。だから少しずつ、少しずつ近づいた。そして。  ***  気づけば私は落ちていた。「え、あ、あれ、えっ」 ひゅうひゅうと、力強く風が頬をひっぱたいて冷たい。いつの間にか私は真っ暗な空の中にいて、そのことにびっくりして、何もすることもできなかった。重たい学校の鞄は空の上に置き去りにして、自分ばかりが落っこちていく。  ――――やだ、どうして。  わけがわからなかった。どこかを走っていたような、いや、歩いていたような気がする。でもはっきりと覚えていなくて、落ちていく空の下に苦しくて息ができない。「ひっ、いや!」 唐突に、ぼすりと私は木の中に入った。ガサガサと木々の中を通り抜ける。枝葉に引っかかれて体中がぴりぴり、ひりひりする。「たすけっ……!」 ふいに、叫んだ。でも一体、誰が助けてくれるって言うんだろう。 「動くな!」  少年の声が聞こえた。  声変わりもまだな、柔らかいを声をしているのに、鋭く響いたその声にぎくりと体を固くした瞬間、私は抱きしめられた。決して、大きな手ではなくて、華奢で、危なっかしくて、安心なんて全然できない。なのにその男の子は、ぴゅんぴゅんと身軽に木の枝を飛んだかと思うと、私を抱きしめたまま、ぽい、と空に飛び立った。 「えっ……」  真っ暗な空なのに、星ばかりがキラキラしている。  知らず、彼の服を強く握りしめた。それから一拍たって、落ちる、とぞっと胸を震わせたはずが、不思議なことにもその子は私を横抱きにしたまま、ゆっくりと地面に降り立った。なのに足をつけた途端、まるで重力が戻ったみたいにずんと体が重くなり、私は地面に力いっぱいお尻をぶつけた。 「あいたぁ!」 「あ、悪い」  星空の下で、薄ぼんやりしか見ることができない彼の顔だったけれども、彼がしくじったと困った顔をしたことは、なんとなく理解した。私は片目をこすって、座り込んだまま彼を見上げた。自分と同い年程度で、クラスにいたって、多分なんの違和感もない、と思ったのだけれど、よくよく見てみれば妙に日本人離れした明るい髪色だ。その上、「耳が、尖ってる……?」「あん?」 思わず呟いてしまった自分の口元を、慌てて手で塞いだ。  人様の身体的な特徴だ。口に出すなんて、どうかしている。その上、わけがわからない中で、助けてくれた人なのだ。ありがとう、と言えばいいだけなのに今の状況に困惑して、さらに自分自身の感情にも困ってしまって、謝るべきなのか、わざわざ口にすべきでもないのか、わけも分からず視線ばかりがくるくる動いてしまう。  そうしているうちに、両親に買ってもらったばかりの中学校のセーラー服がボロボロになっていることに気づいてぎょっとした。制服なんて初めてだから、鏡の前に立って何度もくるくると回って、楽しくて笑ってしまったのに。悲しくて、ぐっと唇を噛んだ。気づかないうちにもじわりと視界が滲んでいた。 「なんだ、お前エルフを見たことがないのか?」 「え?」  その彼の言葉で思わず涙が引っ込んだことは、仕方のないことなのかもしれない。「エルフ?」と、彼の言葉をもう一回自分の舌の上にのせる。そりゃあ、言葉としては知っている。テレビや、アニメ。それからゲームにもよく出てくる種族だ。私はよくわからないけど、兄がしていたゲーム画面を後ろから覗いたことがある。数あるファンタジーの作品の中で、当たり前のように存在する。そんな言葉。  でもそれは少なくとも、それは本だとか、ゲームの中だとかの話で、実際に人の口から聞くことは初めてだ。  変なことを言うから聞き間違いかと思った。なのに男の子は、尖った耳をつん、と揺らしながら首を傾げた。すっかり暗闇にも目が慣れてきた。きらきらした星空の中で、緑色の、深い森のような瞳をした少年は、私を見下ろした。 (尖ってる……。ほんものの、耳……?)  そんなわけない。わかっているのに、だんだん怖くなってきてしまって、私の目に涙の膜ができる。だって、もうわけがわからない。いつの間にか私は小さくなって、地面に丸まった。ぽろぽろと、涙ばかりがこぼれてしまう。 「ど、どうしたんだよ。なあ、おい、泣くなよ、泣くなってば……」  困ったような男の子の声が聞こえる。でも情けないことに、私は一歩も動くこともできなくなって、ただ情けなく、嗚咽を繰り返した。
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