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「私はっ……」
「我が娘? それはおかしい」
私の言葉を遮るように、リュート様が声を発する。
父は眉を顰め、首を傾げている。リュート様の言っていることがわからないのだ。
「何をおっしゃっているのかわかりかねますな。エルシーは我が子爵家の娘で……」
「エルシーは、アーロン子爵家から放逐されたと聞いている」
「!」
大勢の前でそんなことを言われ、父も義母もわなわなと震える。顔を真っ赤にする父に構わず、リュート様は後を続けた。
「あなた方は、魔力の少ないエルシーを令嬢として扱わなかった。その挙句、家から追い出したのでしょう? エルシーは悲しみに暮れながらも、やがて前を向き、あなた方との縁を切る決心をしたのですよ」
その瞬間、周りは騒ぎ始める。
「なんだって?」
「まさか……」
「令嬢を市井に放り出すなど……」
「違う! 断じてそのようなことはっ!」
反論する父の声は、ざわめきにかき消されていく。皆は、アーロン子爵家に冷たい視線を向けていた。
「誤解なんだ!」
「そうよ! お姉様は勝手に出て行ったんだからっ! お姉様は婚約者だったブライアン様に捨てられて、拗ねちゃったのよ! 私を妬んで、困らせてやろうと思ったんだわ!」
「リリー!」
大慌てで口を塞ぐ義母だけれど、リリーは止まらない。
「お姉様、酷いわ! お姉様には女性としての魅力がなかったの! だから、ブライアン様に捨てられたのよ!」
「リリー、何を言っているのかな?」
「え……?」
そこへ進み出たのは、バセット侯爵令息。私の元婚約者であるブライアン様だ。柔らかな金の髪を揺らし、形の良い唇を弓なりにする。
彼の瞳が私を捕えると、優雅に手を差し出してきた。
「いろいろと誤解があったようだね、エルシー。私は婚約者として、ずっと君を愛していたというのに。その気持ちがきちんと伝わっていなかったようだ」
「なんですって!? ブライアン様!」
ブライアン様はリリーを無視し、更に近づいてくる。
「ごめんよ、エルシー。これからは、毎日君に愛を囁こう。愛している、エルシー。さぁ、私の元へ戻っておいで」
私は、ぶるりと身体を震わせた。
今更何を言っているのか。
この人も父と同じだ。他人の気持ちなど何とも思っていない。己の利益だけを考え、優先させる。
……どうしようもなく、吐き気がするほどの嫌悪感が込み上げてきた。
「誤解……まぁ、それでもいいか。バセット侯爵令息、例え誤解でも、すでにエルシーの気持ちはあなたにはないのですよ。エルシーは私と婚約したのです。人の婚約者に手を出すのはやめていただけませんか?」
「なっ……!」
リュート様は、ブライアン様に冷たくそう言い放った。それだけではない。今度は父の方を向いて、こう言った。
「そうそう、エルシーはすでにアーロン子爵家の籍から抜けている。縁を切る決心をしたその日に手続きをしたので」
「なんだって!?」
「嘘だと思うなら、役所で確認してくださいね。エルシーはもうあなた方とは何の関係もない」
「エルシー、本当か!?」
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