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「ねぇ、リュート様がいらっしゃったわ!」
「黒髪に黒い瞳が神秘的でたまらないわ。平民ながらあの堂々とした佇まい、本当に素敵ね!」
「それはそうよ。だって、魔法師様なのですもの!」
私たちが入場してから、令嬢たちの声がひっきりなしにあちこちから聞こえてくる。と同時に、熱のこもった視線も投げかけられる。
覚悟はしていたけれど、これほどまでとは……。それもまぁ仕方のないことだけれど。
今日は、王家主催の夜会。でも、ただの夜会ではなく、私の隣にいるこのお方の表彰式も兼ねている。いわば、今日の主役は彼のようなものなのだ。
「エルシー、さっきから表情が硬いよ。緊張してる?」
「え……えぇ、そうね。緊張しているわ」
「俺がここにいるのがそもそも場違いだからなぁ。でも、エルシーが隣にいてくれるから、とても心強いよ」
彼──リュート様は、そう言ってニコリと微笑む。その屈託のない笑顔に、私の心はほっこりと温かくなった。
リュート様は、私のご主人様だ。今は、婚約者役として隣にいるのだけれど。
あくまで、リュート様は私の雇い主であり、普段の私はリュート様の身の回りのお世話をさせてもらっている立場。
そういうことで、最初は使用人らしく敬語で接していた。しかし、リュート様がそれを嫌がったので、今ではすっかり気安い口調になっている。
私は、かつてアーロン子爵家の娘だった。そんな私がどうして平民であるリュート様に雇われているのかというと、簡単に言えば、子爵家から放逐されたからである。リュート様は、行き場をなくした私を拾ってくれたのだ。
「お姉様? エルシーお姉様ではありませんか! 今までどちらにいらしたのですか? 出奔されるだなんて、私心配で夜も眠れず、必死になって探していましたのよ!」
その声に視線を遣ると、派手なドレスで着飾った令嬢が駆け寄ってくるところだった。
義妹のリリーだ。その後ろから、元家族と元婚約者もこちらへと向かってくる。それを見て、私の身体は震え、強張った。
「エルシー、大丈夫だよ。俺がいる」
「リュート様」
私はリュート様を見上げ、ぎこちなく微笑む。
今日、彼らと対峙することはわかっていた。だから、覚悟を決めてここにやって来たのだ。
私は気持ちを立て直し、リリーを見た。
「リリー、私は出奔したわけではないわ。あなた方が私を追い出したのではありませんか」
「まぁ、お姉様ったら! 被害妄想も甚だしいですわ。お姉様が出奔なさったのは、ブライアン様から婚約破棄された後ではありませんか。ブライアン様が私を選んだことが、よほど悔しかったのですね。リュート様、お姉様は嫉妬深く意地の悪い女なのです。関わると面倒ですので、今すぐ離れた方がよろしくてよ!」
これのどこが心配していたというのか。
リリーは眉を下げ、瞳を潤ませながらリュート様に訴える。
彼女のこの表情は、男性の庇護欲を掻き立てる。現に、周りにいる男性たちの目は、リリーに釘付けだった。
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