平民の魔法師様に拾われました。

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 父がすごい形相で尋ねてくる。その顔を見て、スッと胸がすく。  成人していれば、家族の同意なく籍を抜けることができるのだ。それに、いずれは父がそうしたはずである。  今こそ、本当に家族との縁を切る時だ。  私は淑女然とした微笑みを浮かべ、静かに頷いた。 「はい、本当のことですわ。私はもうアーロン子爵家の人間ではございません」 「なんだとっ……」  父がその場に崩れ落ちる。義母はふるふると震えたまま、そしてリリーはブライアン様と言い争っている。 「何だか疲れたね。エルシー、少し休もうか」  まだダンス一曲踊っていないというのに。  でも、私もそれに同意する。精神的にはもう疲れ切っていたから。  私たちはスペンサー侯爵様に挨拶し、バルコニーへと移動した。  緩やかな夜風が頬を撫でていき、とても気持ちがいい。澱んだ空気が浄化されていくようだ。 「あの変わり身の早さといったら……いっそ清々しいくらいだ」  清々しいなんて言いつつ、リュート様はかつての私の家族に呆れ果てていた。  私だって同じ気持ちだ。それに、まさかブライアン様まであんなことを言うなんて。 「エルシー」  ふと名前を呼ばれ、私はリュート様を見つめる。  リュート様は甘やかな笑みを浮かべ、再び私の腰を抱き、自分の方へと引き寄せた。 「リュート様っ」 「彼らには呆れるけれど、感謝もしている。だって、彼らのおかげで俺はエルシーと出会えたんだから。そして、エルシーのおかげで俺は功績を上げ、報奨金に爵位、領地まで手に入れることができた」 「出会い以外は、リュート様の努力の結果では?」 「エルシーが側にいてくれたからだ」  力強くそう言われ、心がくすぐったくなる。  これまでこんな風に褒められたことなどなかったから。嬉しいのはもちろんだけれど、いろんな気持ちがないまぜになる。 「リュート様、ありがとうございます」 「お礼を言うのはこっちだ」 「いいえ」  家族と縁を切れたこと、こんな晴れやかな場に連れてきてもらえたことは、紛れもなくリュート様のおかげ。リュート様の婚約者を演じる機会を与えてもらったから──。  ニコリと微笑むと、何故かリュート様の眉間に皺が寄る。 「リュート様?」 「エルシー、君はまだ「婚約者役」だなんて思ってる?」 「え?」  リュート様は何を言っているのだろう?  今日の表彰で、益々リュート様が未来の旦那様として注目されるのは確実で、婚約の申し込みがこれでもかと送られてくることは容易に予想できた。実際、今でもそうだし。  でも、リュート様はそれを回避したかった。だから、私という令嬢避けを伴ったはずで……。 「令嬢避けのために、婚約者として一緒に出席してほしいとは確かに言ったけど。……ごめん。やっぱりエルシーには直球で言うべきだったな」 「直球? リュート様、何を……」  私は混乱する。でも、リュート様も混乱しているようで、髪をぐしゃぐしゃとかき回す。  あぁ、せっかく綺麗にセットされていたのに。  そんなことを考えていると、突然リュート様が私の前に跪いた。 「あ、あの、リュート様?」  リュート様は私を真っ直ぐと見上げ、はっきりと言葉にする。  それは、ずっと私が欲しくて、夢見ていた言葉──。 「エルシー、俺と結婚してほしい。ずっと、いや、一生俺の側にいてほしい」 「リュート……様」  聞き違いじゃないだろうか。夢じゃないだろうか。  目頭が熱くなり、目の前がゆらゆらと揺れる。  リュート様が私の手を取り、甲に口づけた。 「悪いけど、返事は「はい」しか受け付けないから」  その笑みは、少し子どもっぽい悪戯顔。私の大好きな表情だ。 「エルシー、返事は?」  満面の笑みを浮かべたリュート様は、私の返事など聞くまでもなくわかっている。それでも聞きたい、そう言っているのだ。  なら、私は期待どおりの返事をするまで。 「はい。ずっと……リュート様のお側にいさせてください」  そのまま手を引かれ、抱きしめられる。ふわりと鼻腔をくすぐるリュート様の香りにホッとしたのか、涙が頬を伝った。 「愛しているよ、エルシー。これからも、ずっと大切にするから」 「私も……愛しています。リュート様」  そっと夜空を見上げると、たくさんの星々が煌めいていた。  そういえば、家から放り出されて市井を彷徨っていた時も、こんな夜空だった。途方に暮れつつも、ぼんやりとそれを眺めていた時、リュート様に声をかけられたのだっけ。 『星が綺麗だね。気持ちはわかるけれど、こんな時間に女の子が一人でいちゃいけない。もし行くところがないなら、俺の家に来る?』  あまりに軽い誘いに驚き、目を何度も瞬かせた。  この人は善意からそう言ってくれているのだろうか、それとも悪意があって?  それでも、私はそれに乗った。  これが悪い人だったなら、私はどこかへ売り飛ばされていただろう。でも、私にはリュート様がそんなことをするような人には見えなかった。どうしてだか、この人は大丈夫だと確信できたのだ。  こうして、家から追い出された私はリュート様に拾われた。 「リュート様、あなたに会えて、本当によかった……」  愛する人に出会えて、私は今、本当に幸せだ。  了
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