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令和・喜寿のお祝いの場にて
「私、今の彼氏と結婚するから!」
人々の歓談をお嬢さんの突如たる宣言がかき消した。夏ツバメの軽やかなさえずりだけが庭園より響いて聞こえる。
それはお祖母さんの喜寿の祝いのため、親族が集まったお座敷でのこと。
「待って。恋人がいるなんて聞いてないわよ!」
本家の娘、菜摘はもうすぐ三十歳となり、そういう相手がいたところで問題はない。
しかし母親はずいぶん慌てている。面白そうな話題の投下に周囲も、何よ何よと首を突っ込む。
この状況を尻目に、紫のちゃんちゃんこを着た上品なお祖母さんは静観する構えでいた。
「お相手は一体どんな人なの?」
ここから女性陣のマシンガントークの応酬が始まる──。
「悪いこと言わないからその人はやめておいて! ほら稲本商事さんところの息子さん、菜摘ちゃんよりちょっと年上の。そろそろお見合いをって話なのよ。もし稲本さんがあれなら、三国さんからもお話を頂いていてね」
「やっぱり年上がいいわよぉ」
「この令和の時代にそういうのやめてよ! これだから田舎はっ」
「そうはいってもお相手の方、新社会人で二十三になったばかりなんでしょ?」
「七つも年下、しかも吉田亮似!? それ騙されてるのよ」
「あ、財産目当てなんじゃ!? この家を継ぐのは弟とはいえ」
「ねえ、お義母さん。どうにか言い聞かせてくださいな」
菜摘の母はとうとう一家の権力者に助け船を求めた。
「そうねぇ…」
日頃から微笑み顔の恵子お祖母さん、頬の皺はだいぶ深くなったが、それこそ幸せの象徴のように人目に映る。
目尻を下げた瞳は温かい、しかし多くを見抜く鋭い眼光を放つ。
「これから何十年の苦楽を共にと思える人に、出会えたんだね?」
「そうよ!」
菜摘も負けじと大きな瞳を輝かせた。
「人生でまたとない、有難いことじゃないの。自分で選んだ人と結婚…。なんて素晴らしいこと」
「うん! お祖母ちゃんありがとう!」
決意を認めてもらえた孫は憚ることなく祖母に抱きついた。
「あらまぁ」
これにはお祖母さんも緩んだ頬を隠せない。
このとき菜摘は、祖母の笑顔に春の小花の可愛らしさを見つけた。
──紫の衣装を着てるからかな。スミレの花の精みたい。
その翌月、祖母は体調を崩し街の病院に入院した。
当初は二月程という話だったが、退院の日が近付くたびに具合が思わしくない、となり帰宅の目途が立たず。
ただ春先、菜摘の結婚式当日については無事、外出許可がおりたようだ。
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