昭和・のどかな町の片隅で

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昭和・のどかな町の片隅で

──“あなたの(えが)く花は、スケッチブックの中で一生懸命、生きている”  五月の春風が陽気を連れてきた、そこは北日本の田舎町。黒い学生服に身を包む高校生がふたり、レンゲ畑に埋もれている。 「すごい。白黒なのに紫のレンゲに見える」  流れる黒髪を押さえながら、恵子は隣の彼が操る鉛筆の先をのぞき込み感嘆した。  隣の絵描き青年・(ゆたか)はそれに照れたか、言葉を返すでもなく、鉛筆の滑りが速度を上げるのにも無自覚でいた。  しかし何か口にしなくては、と思い返し。 「君にスケッチの穴場を教えてもらえて良かった」  豊はこの地に引っ越してきたばかりだ。  ある日、駅の近所で道端の小花を描いていたら、たまたま彼女に見つかって、「それなら案内してあげる!」と連れていかれた先は。  汽笛は届くが車は通らず、あぜ道に原っぱ、川辺、遠くは山の連なり。駅から少し歩けばそんな、広いばかりの田園風景。東京から来た豊は描き甲斐のある景色に唸った。  役に立てて気分を良くした恵子は以後、彼を帰り道に誘い出すようになる。  こっそり彼の靴箱にメモを放り込み、“駅近くの駄菓子屋の前で待つ”。なんて、終戦から二十年が過ぎたとはいえ、この時代に女子のほうから? 彼女は(はな)から大胆な性格なのだろうか。  恵子はこの地域で名の知れた旧家の一人娘だ。生まれも育ちも良く、天真爛漫な気性。それだけでも娘の鑑だが成績も抜群で、地区でいちばん優秀な公立高校への進学を果たす。  ただ、彼女は知っている。  “進学校に通っても私は大学に行くわけじゃない”  彼女は卒業したらまもなく結婚することになっている。由緒ある家を継ぐため、父親の用意した男性を婿に迎える。それに際し教養はあるに越したことはない、そういった理由で幼少から高水準の教育を施され、期待に応えようと頑張ってきた。  高校に入学すると、クラスに女子生徒は少なかった。娘に知識や学歴を、といった家庭が(まれ)なのだから。  そのただでさえ少数の女子の中で、恵子はとりわけ目立つ存在であった。優れた容姿に丁寧な仕草、気立ての良さも評判ときた。  彼女が近くを通り過ぎるとソワソワしだす男子たち。しかし彼らはみな勉学に打ち込んできた、ごく真面目な学生であり、彼女のことは日々を潤してくれるマドンナとして見ているだけだ。  ともあれ快活な性格ゆえに、恵子の高校生活一年目は十分、充実したものだった。
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