昭和・たまさかの出会い

1/1
前へ
/10ページ
次へ

昭和・たまさかの出会い

 その出会いは二学年に上がり一月(ひとつき)も過ぎた頃だった。 「汽車に乗り遅れちゃう!」  下校時、恵子は珍しく全力で走っていた。  その道端で丸くなり、夢中でスケッチしている青年が。 「きゃっ!」  人につまずいて派手に転ぶとは。 「大丈夫?」 「なんでこんなところに座りこんでるの!?」 「…だめなの?」  その人物は同じ制服、校章バッジを見るに学年も同じ。しかし見知らぬ顔だった。 ──この人、クラスの男の子たちとなんか違う…。  もの珍しい動物を発見したような気分、というのか。  切れ長で優し気な垂れ目、年齢より落ち着いて見える細面(ほそおもて)。顔立ちもスタイルもシュッとしていて、恵子が“都会の男性はみんなこうなんだ?”と思い込んでしまっても仕方ない。  話を聞いてみると、彼はこの四月に転入してきたところであった。 「どこに暮らしても絵さえ描ければいいんだけど」  そんな経緯でふたりは度々(たびたび)、放課後の時を共有することになった。 「最近はもっぱら植物を描いているんだ」  鉛筆を走らせながらも彼は、恵子のおしゃべりに気安く付き合ってくれる。 ──絵のことなら饒舌になるのよね? 「東北(こちら)に来てからは特に、自然ってこんなにも美しいんだって思い知ったよ」  彼の熱弁が始まる、と恵子の心はちょっぴり跳ねた。 「四月に入っても冬同然に寒くて、こんな所で暮らしていくのかってクサってたんだけど。その中で、わあっと蕾がほころぶのを見た。絨毯が引かれるように一斉に。感動したよ。春の訪れがこんなに嬉しくて、ああここに来れて良かったって思った」  この地に生まれ、この地で育ってきた恵子には、厳しい冬もやっと訪れた春の爽快感も毎年(いつも)のこと。豊の言葉がとても新鮮で眩しかった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加