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昭和・たまさかの出会い
その出会いは二学年に上がり一月も過ぎた頃だった。
「汽車に乗り遅れちゃう!」
下校時、恵子は珍しく全力で走っていた。
その道端で丸くなり、夢中でスケッチしている青年が。
「きゃっ!」
人につまずいて派手に転ぶとは。
「大丈夫?」
「なんでこんなところに座りこんでるの!?」
「…だめなの?」
その人物は同じ制服、校章バッジを見るに学年も同じ。しかし見知らぬ顔だった。
──この人、クラスの男の子たちとなんか違う…。
もの珍しい動物を発見したような気分、というのか。
切れ長で優し気な垂れ目、年齢より落ち着いて見える細面。顔立ちもスタイルもシュッとしていて、恵子が“都会の男性はみんなこうなんだ?”と思い込んでしまっても仕方ない。
話を聞いてみると、彼はこの四月に転入してきたところであった。
「どこに暮らしても絵さえ描ければいいんだけど」
そんな経緯でふたりは度々、放課後の時を共有することになった。
「最近はもっぱら植物を描いているんだ」
鉛筆を走らせながらも彼は、恵子のおしゃべりに気安く付き合ってくれる。
──絵のことなら饒舌になるのよね?
「東北に来てからは特に、自然ってこんなにも美しいんだって思い知ったよ」
彼の熱弁が始まる、と恵子の心はちょっぴり跳ねた。
「四月に入っても冬同然に寒くて、こんな所で暮らしていくのかってクサってたんだけど。その中で、わあっと蕾がほころぶのを見た。絨毯が引かれるように一斉に。感動したよ。春の訪れがこんなに嬉しくて、ああここに来れて良かったって思った」
この地に生まれ、この地で育ってきた恵子には、厳しい冬もやっと訪れた春の爽快感も毎年のこと。豊の言葉がとても新鮮で眩しかった。
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