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昭和・高校3年生
季節はまた巡り、待ちわびた雪解け──春の到来だ。放課後の口実も復活できよう。春がこれほど楽しみなんて、恵子の十七年で初めてのこと。
「桜の季節…」
この町には国内有数の桜の名所があり、五月頭の満開の頃、多くの人が詰めかけ方々で花見の賑わいを見せる。
「去年は知り合ったばかりだったから」
豊と桜を見る機会がなかったことを思い出した彼女は。
「もう桜祭りが終わっちゃうな…」
その日の放課後、何食わぬ顔で切り出した。
「そうなんだ」
配色を考えている豊は興味なさそうな生返事。今日のモデルは公園に植わった色とりどりのパンジーだ。
恵子も分かっていた。彼はたとえ桜は好きでも人の多い場所は苦手なのだ。
──都会から来たのに。
「そろそろ受験勉強に本腰入れないとな。君もだろう?」
「え?」
彼は彼女が進学するものと思っていたようだ。
「……」
放課後の寄り道は控えようか、と遠回しに伝えられてしまった。
スケッチブックの、赤や橙、紫に彩られたパンジーが、彼女の瞳には無色のままに映った。
そのころ彼女は彼女で、梅雨が明けたらある男性と会うことになっていると、両親より告げられた。
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