第一章 白紙の夢

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 高校1年生の夏。  地元の中堅高校の普通科に入学して半年。  進学校に進学した同級生の子達は、入学早々に志望大学を聞かれたらしいけど陽花達の学校は進学希望の人は今からオープンキャンパスに行っとけとか就職希望の人は今から求人を見とけみたいな大まかなことしか言われなかったから陽花もそのつもりでいた。  第一、まだ1年生の1学期だ。1年生の終わりとか2年生のはじめ頃になってから進学先や就職先を探しても良いだろうと思っていた。  だが、1学期の期末テスト明けに事件が起きた。  担任の武藤先生がクラス内調査と題して進路希望調査票を配ってきたのだ。  武藤先生曰く、「俺が現時点でのみんなの希望を知りたいからクラス内で進路調査をする」とのことらしいが中学が同じだった別のクラスの子に聞いたらその子のクラスでもそれは配られたらしくどうやらクラス単位ではなさそうだった。  つまり、この間入学したばかりなのにもう進路を考えろ、と言われているのである。  だが、みんな一応は何かしらかの希望を記入していたようで終業式後に職員室に呼び出されたのは陽花だけだった。そこでも武藤先生は、「進路希望調査は、クラス単位の調査で俺が知りたいだけだから陽花が書いたことを誰かに言ったりはしないし…」と説明してきた。  武藤先生曰く、どういう訳かたまに恥ずかしがって希望の進路を言わない生徒がいるらしい。  だけど、陽花は恥ずかしい以前に希望する進路がないのだ。何になりたいのかも分からない。  だから、進路希望調査票を白紙で提出した。思いつかないから白紙で提出した。  それを武藤先生に正直に話すと、自他共に認める熱血教師な彼は「今すぐに夢を決めなくても良いと思うけどなぁ」と言って“武藤少年物語”を語り出した。  現在、30代前半の武藤先生は大学時代に教員免許は取ったものの、大学卒業後数年間は会社勤めをしていたらしい。その後、偶然社会人採用の教員採用試験の募集を見つけて試験を受けて高校の社会科教論になった、とのことだった。  要するに大人になってから夢を見つけても良い、という話なのだと思うがそんなことが今の陽花にイメージできる訳がなかった。 「でも、すぐには思いつかないです」  そう陽花が正直な感想を言うと、武藤先生は「そうか…」と腕を組んで数秒考える素振りを見せた後何かを閃いたのか手を叩いた。 「じゃあ、陽花だけ特別に夏休み明けまでに期限を延ばそう。また新学期にどうなったか俺に教えてくれ。これならいいだろ?」 「はい」  つまり、1人だけ夏休みの宿題が増えたと言うことだ。正直納得はいかなかったけど、今すぐに進路希望調査票を無理だったため、仕方なく承諾した。  進路指導室では、3年生の先輩が求人票や学校のパンフレットを見ているのが見えた。3年間というものは、長そうに見えて案外あっという間なのかもしれない。  そう思うと、余計に憂鬱な気持ちになった。
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