あなたの色に染まります(2)(前編)

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「お花見……ですか?」  私の提案に、彼は目を見開いて静止した。それきり何も言わずに、恐る恐るという感じで私の様子を伺っている。 「なによ、その反応は?」  私はむっとして彼を睨んだ。単純に喜ぶかと予想してたのに、何なんだ、この微妙な態度は? どう見ても、お花見に誘われて嬉しい、という感じじゃない。どっちかというと、「いい所に連れてってあげるね〜」と不審者に言われて怯える青少年、という雰囲気だ。 「あ、いえ、あなたがそういう季節のイベントに参加するのが……なんだかちょっと意外で……」  おずおずとそんな風に言うもんだから、私のイライラはますます募る。あ〜、そうですか。私のことを、季節の移り変わりなんか眼中にない情緒皆無人間だと思ってた訳ね。無礼者めが。  春到来。テレビやネットのニュースでは今年の開花予想が流れ、世間の方々はウキウキと花見の予定に心を躍らせている、そんな時節。  世間の流行りには疎い私だが、勿論、人並みに季節の移り変わりを楽しむ心ぐらいはある。 (久しぶりにお花見でも行こうか?)  そう思いついた時、ふと身近な人物の顔が脳裏に浮かんだ。あいつ、こういうの大喜びしそうだな……喜びのあまり、ギャアギャア騒いで面倒臭そうな気もするけど。まあ、たまには親切に誘ってやるのもいいか。地球の原住民代表として、エイリアンに古き良き日本の風習を体験させてやろう。ああ、私って親切だなあ。  そんな優しい私のお誘いに、礼のひとつもなしか? 「あ、いえ、お花見が悪い、って意味じゃないんですよ? ほら、あなたってどっちかというと引きこ……イ 、インドア派じゃないですか! だから季節のイベントにわざわざ外出する人だったのかー……みたいな意外性がね!」  私の機嫌急降下を早くも察知したのか、彼はひきつった笑顔で、もたもたと弁解を始めた。あからさまに不自然な様子だから、こっちはますます腹が立つ。 「……別に、行かないのならいい。一人で行くから」 「わあ! もちろん行きますう! 連れていってください!! 僕を置いて行かないで〜!!」  半泣きになるな。別れ話を切り出されたヒモじゃあるまいし。 「やかましい!」  私は冷たい声でぶっ刺した。ここで泣きを入れるぐらいなら、最初から素直に喜べ。  彼は騒ぐのを止め、じっとりと恨めしげに私を見上げる。花見に行く行かない程度のやりとりでこんなに拗れるのなら、本気の別れ話だと一体どうなるんだろう……いや、別に私とこいつは付き合ってなんかない。彼が勝手に我が家へ押しかけてくるだけで。 「いちいちムカつくな、あんた! 私にイラつかれて慌てるぐらいなら、誘われた直後に快諾しなさいよ!」 「まあまあ……で、どこでお花見をするんですか?」  私の怒りを削ぐためか、彼は弁解を中止して話を進めた。微笑みを浮かべ、明らかに媚びる様子だ。  腹は立つけど、確かにこのまま言い合いを続けるのは不毛だ。疲れた私も頭を切り替え、彼にお花見についての説明を始める。 「……30分ぐらい歩いた所に、大きい公園があるの。桜の木が結構あって、昔からお花見スポットなんだよね。昼間は酔っ払いも来てないみたいだし、散歩のついでにのんびりしようかなと思って」 「それで、僕を誘ってくれたんですね! やったあ!!」  大袈裟に喜んでみせる宇宙人……いや、今のこいつは本気で喜んでる。こういう反応を最初に出せばいいのに。整った笑顔が眩しい。まあ多分、「本当の顔」じゃないんだろうけど。 「誘ってもらえて嬉しいです。光栄です!」  馴れ馴れしく私の両手を握りしめてくるものだから、私はさっさと振りほどく。図々しい奴め。 「別に……私一人だと、酔っ払いとかナンパ野郎とか変な奴に絡まれた時に困るからだよ。あんたは、ボディーガードの代わりみたいなもんで……」 「勿論です! 命に代えてもあなたを守りますよ。一緒にお花見、素敵ですねえ! ああっ、楽しみ〜!」  彼があまりにも喜ぶものだから、私の方が気恥ずかしくなってしまう。締まりのない笑顔と浮かれた口調が腹立たしい。やっぱり誘わない方が良かったのか……そんな後悔に苛まれる。 「あっ、ところでその公園、池はどのくらいの大きさですか?」 「池?」  そういえば、大きい池があったな。聞かれて思い出した。水があんまり綺麗じゃなかったような。 「確かにあるけど……お花見と池が何か関係あるの?」  質問を投げると、彼はまたもや大袈裟に驚いてみせた。 「ええ!? お花見といえば池に舟でしょう!?」 「ふ、舟……!?」  また、こいつは訳のわからんことを。  突拍子もない発言に呆れた後、私はある可能性に気づく。 「……ちょっと待て」 「はい?」 「まず、あんたの中の花見のイメージを残らず私に話せ。話はそれからだ」  地球の文化に疎い宇宙人。日本に長期滞在、現地の歴史や風俗を調査、研究中。そのくせハマりやすくてミーハー、そんなこいつのやりそうな事。 「あ、あなた、なんかすっごく怖い顔してますよ……?」  私のドスをきかせた声に、彼は怯え気味だ。 「いいから吐けー!!」  長い時間をかけて聞き出した結果、衝撃の事実が判明した。  要するに、こいつの花見のイメージは平安時代のアレだった。豪華な装束を身に着けた貴族の方々が、でっかいお池にお舟を浮かべ、笛や太鼓を奏でて雅な舞を舞って、優雅に和歌を詠んだり盃を傾けたり。一体どこの大河ドラマだよ? 「そんな真似、個人がそこらの公園でやれるか! 地元のマスコミが取材に来るわ!」 「えっ!? それは困ります。そうなったらあなた、あっという間に有名人じゃないですかあ……」  何故か寂しそうに彼が呟く。 「あなたが遠い存在になってしまう気がします……ううっ、有名人になっても、僕のことは忘れないで下さいね……」 「忘れたくとも忘れられんわ、あんたみたいな変でお馬鹿な宇宙人っ!」  吐き捨てた私は、深呼吸をしてから彼を睨んだ。こいつのペースに合わせていたら、どんどん話がズレていく。このままでは埒が明かない。 「……しょうもない想像はしなくていいから、明日のお昼に手ブラで家に来なさい」 「手ブラ? 手にブラジャー?」 「…………言い直す。何も持たずに、明日家に来なさい。あんたに現代日本のお花見を伝授してあげるから」 「明日? 今日じゃ駄目なんですか?」  不服そうに彼が聞き返す。 「いろいろ準備があるからね、さすがに今日は無理。だから早く帰って」 「ええ!? 僕、今来たところなのに……」 「はあ……特別に、お茶を飲む時間ぐらいはあげるよ」  不服そうな彼にお茶のおかわりとせんべいを差し出してやる。彼はたちまち機嫌を良くして、ニコニコし始めた。単純な奴め。 「わかりました、今日はあなたの言う通りにします。僕も頑張って、花見らしい装束見繕ってきます!」 「余計なことすんな! 普通の服装で来い!!」  油断ならない奴め。 「え〜?」  なんて、彼はパリパリとせんべいをかじりながら、かなり不服そうだ。 「そんな普通の感じでいいんですか?」 「普通でいいの。普通が一番!」  こいつを追い出したら、さっそくスーパーへ買い出しに行こう。せっかく思い立ったのだ。お花見らしい、でも大袈裟ではない、身の丈に合った、自分の好きなものを用意したい。  彼の発する音に耳を傾けながら、私は脳内で必要な物のリスト作成を始めた。
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