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 彼はメロンパンに視線を落とし、ゆっくりとした動作でメロンパンの袋を開けた。甘いにおいがこちらにまで流れてくる。 「いただきます」  カサリと袋の音を立てながら、片島くんはメロンパンを一口頬張った。咀嚼して、もう一口カプリ。無言で食べているが、止まらないようなので美味しいのだろう。  片島くんがわたしのあげたメロンパンを食べている。その事実だけでわたしはお腹いっぱいになりそうだ。 「ねぇ、富永さん」 「なに?」 「俺のこと、どうやって克服した?」  思わず目を細めて彼を見てしまった。なに言ってんのコイツ、なんて好きな人に対して言葉が悪くなる。本当に片島くんはわたしのことを見ていないんだな、とわかってしまったのが悲しい。 「克服なんてしてません」 「え?」 「富永莉子は、前も今も、変わらず片島くんに恋をしています」 「……なんか、ごめん」  ここで謝るのは違くない? わたしは大きく息を吸って、吐いた。 「あのね、片島くん。先に『食べろ』って言ったのは、片島くんなんだよ」  あんぱんをくれたとき、お腹は空いていたが、食欲があるわけではなかった。それなのに、片島くんがあんぱんをくれた。それは『食べろ』と言われたのと同じだと思った。 「食べたら元気になるから。そしたらまたアタックしたらいいんだよ。食べないとそれもできないよ」  片島くんの好きな人は知らないし、知りたくもない。できることなら諦めて、わたしを見てほしい。  でも、元気のない好きな人を見るのはツラいから。わたしは不本意ながらも彼の背中を押す。 「富永さん、ありがとう」  ふわりとメロンパンの食感のように笑う片島くん。そうそう、この笑顔。つられてこっちまで笑顔になってしまう。  油断したのがまずかったのか、緩まったのはわたしの頬だけではなかったらしい。  ぐぅぅぅ。  その場から逃げ出したくなるほどの爆音だった。熱という熱が顔中に集まる。誤魔化しようのないお腹からの訴え。  片島くんは「はははっ」と笑った。 「もらいものだけど、半分どうぞ」  口をつけていないメロンパンの下側をくれる片島くん。わたしは「どうも」と受け取った。 「このメロンパン、すごく美味しいよ」  にこにこしてそう言う片島くん。  この人がまた自分の好きな人にアタックしに行くかはわからないけれど、腹が減っては戦ができぬ。わたしはもらったあんぱんとメロンパンを自分の力に変えて、彼にまたアタックしようと心に誓った。 END.
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