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「お、おなか、空いた……」
振られたショックで食欲が落ちるはずだった。現に昨日の夜と朝はあまり食べられなかったし。それなのにわたしは空腹を感じていた。
グルグルル、と空っぽの胃が『固形物を入れろ』と催促してくる。
「食べればいいじゃん。食うなとは誰も言ってないんだし」
わたしの前の席が空いたのを見計らって、夏海がその椅子をこちらに向ける。その手には容量の少なそうな二段弁当が握られていた。毎日、お母さんが作ってくれているそうだ。その弁当を目で追いながらわたしは言う。
「食べられないと思って何も持ってきてないの」
「購買部行けば? まだ何かしら残ってるっしょ」
「……今から購買に走るエナジーもない」
「じゃあ昼飯は諦めるんだな」
空腹のわたしを前に、夏海は「いただきます」なんて丁寧に両手を合わせる。いつもはそんなことしないくせに。絶対わざとだ。
下唇を噛んで空腹に耐えていると、横からスッと丸くて茶色いもの……パンが差し出された。手を辿って、顔を見る。
「片島くん……」
「よかったらこれ食べて。購買でちょっと買いすぎたから」
「……何パン?」
「えっと……あんぱん。もしかしてあんこ、無理?」
わたしの空腹を心配するだけでなく、好みまで心配してくれるなんて。わたしの好きな人はどこまでいい人なんだ。
わたしは両手であんぱんを受け取った。
「ううん、大好き。ありがとう」
「牛乳もいる?」
「……張り込みでもする予定だったの?」
「なんの話?」
「なんでもないです。牛乳ももらうね」
分からないならいいや。とりあえずわたしは片島くんの優しさをお腹に詰め込むことにした。
彼が微笑んで立ち去ってから、夏海は目を糸のように細めてわたしを見た。
「なにあれ。振ったくせに優しくするなんて、一番最低じゃん。つーかあんぱん分けるって……あんぱんのマンかよ」
夏海は口から米粒を飛ばしながら悪態をつく。あんぱんのマン……正義のヒーローじゃないか。
袋を破ってあんぱんを取り出す。香ばしいパンのにおいと少しだけゴマの香りがわたしを包んで、ぐぅ、とお腹が鳴った。
「いっただっきまーす」
ガブリと噛みつけばあんこがパンと一緒に口の中に入ってくる。生地の甘みとあんこの甘みが絶妙に絡み合って鼻から美味しさが抜けていく。あぁ、これぞ幸せの味。
「んー、デリシャス!」
「っていうかさ、あんぱんってカロリー高いよね。それを寄越すってことはさ、片島は莉子を太らせて自分のこと諦めさせようとしてんじゃないの?」
モグモグと咀嚼していた顎が止まる。すでに半分以上のカロリーを摂取していた。もう遅いと知りつつも、牛乳を飲んで抑えてみる。
「そ、そんなこと片島くんは考えてないと思うけど」
「まぁ、確かにそんなヤな奴じゃないか。知らんけど」
夏海がテキトーすぎてツラい。でもお腹は減る。
摂取カロリーを若干考えながらも、片島くんからもらったあんぱんと牛乳を余すことなくいただいた。
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