5人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
次の日からオレの時間巻き戻し実験がスタートした。
まずは当たり障りのない早朝に腕時計のリューズを押す。
電流が身体中を駆け巡る苦痛はあるものの、時計を見ると一時間ほど時間が巻き戻っている。
テレビで流れている朝のニュースも、一度見た内容そのままだった。
朝の通勤時。
少し混んでいる電車に乗ってリューズを押す。
すると、1時間前の住んでるアパートから出る場所まで戻っていた。
これで会社に行くとき、どのルートを通れば人が少ないかわかるようになった。
お昼休みもどこが混んでいるか確かめられるし、社外の人間と会う時も事前に対処できるようになった。
時間が巻き戻せるのは一時間だけ。
けれどもこの一時間はかなり大きかった。
考えてみて欲しい。
一時間後にどこで何が起こるかわかると仕事でも私生活でもいろいろと準備ができるのだ。
たとえ失敗してもやり直せるし。
そのおかげでオレの仕事スキルはみるみる上達し、社内でも一目置かれるようになった。
それもこれも、あの花見の時に拾ったこの腕時計のおかげである。
まさに腕時計さまさまだ。
そんな中、オレは課長から大事な案件を任された。
大手取引先の商談だ。
これがうまくいけば、課長が上層部にオレを推薦してくれるという。
数週間前から準備していたこの案件。
ダメな要素は見当たらなかった。
オレの出世は間違いないだろう。
意気揚々とオフィスを出たオレは、すぐにタクシーを拾った。
「〇×商事へ」
行き先を告げるとタクシーはすぐに発進した。
時刻は午前十時。
予定時刻の十時半には十分間に合う時間だ。
時間を気にしながら、ふとタクシー内のルームミラーを見ると、後方から勢いよく突っ込んで来るトラックが見えた。
かなりスピードを出している。
ハンドルもふらふらしていて危なっかしい。
そしてオレの乗るタクシーに近づいているのに減速しようとする様子も見えない。
オレは振り向いて後部座席から後方を眺めた。
「あ!」と叫ぶ時にはすでに遅かった。
運転席に座って眠りこけるトラックの運転手の顔を見つめながら、オレはタクシーに乗ったままトラックに追突されたのだった。
まさか。
まさかここに来て事故にあうとは……。
オレはひしゃげた車内で、意識を朦朧とさせながらかろうじて腕を伸ばした。
腕時計は、頑丈なのか傷一つついていない。
そんな腕時計のリューズを、オレは文字通り命がけで押したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!