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彼女に好きな人がいることを秘密にしよう
(男子トイレをじっと見つめて、何やってんだるんだろ……。先生に言ったほうがいい、かな?)
旗から見たら男子トイレを見張っているただの不審者なのだが、先生に言ったら今度は僕が付きまとわれてしまうかもしれない。
……見たことは秘密にして、ここを立ち去ろう。
しかし、ここを離れようとすると、ここを通る生徒がコソコソと彼女を見ながら、僕と同じように『さすがに先生に話したほうがいいよね?』とか『あれヤバくね?』、『怖いんだけど……』という声が多い。
(僕には関係ない。トイレには行きたかったけど、我慢できない程じゃない。授業時間も近いし、教室に戻ろう)
しかし、なぜだろう……胸がモヤモヤする。
一体、何を僕は気にしているんだろう……。
生徒の会話が頭に何度も過る。
彼女の目立つ容姿、次々と増えていく彼女の噂、不可解な行動。
そのどれもが、第三者から見た偽りの人物像。
相手のことを理解しようともせず、ただ怖いからとその人自体を見ようともしない。
それは、僕が一番嫌っていることではないだろうか。
考えを改め、傍観していた自分を恥じる。
教室に戻ろうとしていた足を止め、まだ男子トイレを見張るようにじっと見つめる彼女に近づく。
他の人に見られる中、不審者扱いされている彼女に話しかけた。
「男子トイレに何か用なのか? じっと見つめてるけど」
「……」
「話してくれないと、他の人がトイレ使えないから、このままだと先生を呼ばれるぞ」
前髪で表情が分からないせいか、話が通じているのか、そもそも聞いているのかすら分からない。
「……ごめんなさい」
ずっと黙ったままかと思ったが、彼女の小声が聞こえた。
「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、理由が知りたいんだ。じゃなと、他の人にも誤解されちゃうだろ?」
「……」
会話が続かない。
いや、もしかしたら考え込んでから喋る子かもしれない。
僕は彼女の返事を待ってみると、考えがまとまったのか再び話始める。
「耳……貸して」
誰にも聞かれたくない理由だったのか、声が小さいため注意深くして聞く。
「好きな人を、待ってるの」
「……え、こんな所で?」
「待ってる」
「待ってるんだ……」
話を聞くと、ここに呼び出してるということでもなく、彼女が一方的に待っているらしい。
その好きな人に用があるのは分かったが、話せる場所はいくらでもあるのに、何で男子トイレを選んでしまったのだろうか。
「私が、話しかけようとすると、いつもどこか行ってしまう……。だから」
「人間であれば避けては通れない場所で待伏せしようとした、と?」
「そう」
ぶっ飛んだ考えではある。
けど、トイレがあるのはここの階だけではない。
彼女は知らないが、きっとその人は僕と同じ一年生だろう。
ここの階のトイレを使っていることから、少なくともわざわざ遠くのトイレを使うとは考えにくい。
目の前の彼女も、ここのトイレをよく使っているのを見て、見張っていたと考えるのが妥当だ。
しかし、そうなると彼女も一年生なのだろうか。
見た目で判断されることが嫌いな自分でも、この身長差だと二年だろうと考えていたが……。
「っていうか、こんな所で男子トイレを見張ってたら、逆に行きづらくなるなるとは考えなかったのか?」
「……はっ!」
どうやらそこまで考えが及ばなかったらしい。
話し込んでいると、チャイムの音が聞こえる。
「授業が始まるから、もう戻ったほうがいい。じゃあ」
「……待って」
小さな声を耳が拾ってしまい、立ち止まる。
「名前……」
「青木春」
「花園茜」
名前を名乗った後、その場を逃げるように去っていく。
もう彼女に会うことはないだろう。あの時は、そう思っていた……。
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