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ころんと背中で座席に着地させられて、視界には月明かりに輝くミカエルと馬車の天井だけ。
ガタガタと細かく揺れる小さな二人きりの密室の中で、アンはミカエルに求められている。ダメなのに、アンもミカエルがどうしても欲しくなってしまって、頭がぐるぐるした。
ミカエルは幼い頃からアン一筋で、ミカエルの今、現在、この瞬間の気持ちを疑うわけではない。でも、ミカエルは横恋慕の達人で、アンを手に入れた瞬間に他が欲しくなるかもしれない。そうなれば悪役令嬢の断罪死刑ルート復活だ。
この魅惑の恋に溺れてしまいたい。だが、捨てられる未来がどうしても怖くて、涙が一粒、猫目の端から零れてしまった。アンの涙にミカエルが瞬きを増やす。
「……私のこと、ずっと好きでいてくれる?」
アンの不安がいっぱい乗った言葉をもらったミカエルが唖然とする。ずっと好きでいて欲しいとミカエルに求めたのも同然だ。
「アンが俺に永久を誓う言葉を欲してくれるなんて……」
ミカエルは信じられないと瞬きを増やしてから、眉尻を下げて最上級に優しく微笑んだ。アンを愛くるしいと想っているのがアンに伝わってしまうほど柔らかい表情で、ミカエルはアンが欲しい言葉を全部くれた。
「死ぬまで俺は、お前だけを愛してる」
ミカエルが紡いでくれた愛の言葉に、アンは全身が粟立った。下腹の熱い疼きが背筋を通って脳天を突き抜けて、全部、涙になってしまった。
泣き出したアンをミカエルが抱き締めてくれる。こんなに素直にこの腕に抱かれたことはない。この腕の中は本当に優しかった。ミカエルが何度も耳に囁いてくれる。刻むように何度も。
「俺はお前がいいんだ。アンがいい。アンだけが欲しい」
絶対好きにならないと思っていた俺様なのに、俺様に魅せられて、優しさが全部自分に向けられて。アンはすっかり、この俺様男に恋してしまった。こんなに熱烈に求められて、ミカエルはアンを悪役令嬢にしたりしないと、信じたくなった。
「本当に?信じてもいい?」
「あたり前だ。お前のために何年も努力してきた俺が信じられないのか?」
自信に裏打ちされた絶対的にブレない愛を示すミカエルが、月明かりよりも神々しく笑う。俺様が好きじゃないなんてもう言えない。
「私も……ミカエルが欲しい」
「俺を全部やるよ、好きなだけ。だから、アンは全部、俺のものだ」
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