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1章 傷物令嬢になる
<もし私が悪役令嬢だったらどうする?>
そんな問いを前世で何回も考えたアンは、見事、悪役令嬢に転生を果たしていた。公爵令嬢として生まれ、何の苦労もなく育った10歳の今。その瞬間は不意に訪れた。
薔薇屋敷と呼ばれる公爵の館の一室で、パチパチと暖炉が温かい音を立てる。ベランダに面す大きなガラス窓の外は冬の暗い曇天だ。
壁や扉、取手に至るまであらゆる場所に薔薇の彫刻が刻まれ、薔薇色の壁紙に四方を囲まれ、薔薇色を基調としたお姫様フリルが飾られる天蓋付べットの隣。レトロな薔薇の彫刻に縁取られた鏡の中の自分を見て、アンは悟った。
(あ、私。悪役令嬢のアンだ……)
艶やかな長いブロンド髪に、薔薇色の瞳が吊り上がった悪役美人顔。
前世でハマっていた魔法世界系乙女ゲー「君と魔王とLOVEしてる」の悪役令嬢アンの顔だ。悪役令嬢アンは王太子の婚約者となり、いずれは恋に狂った嫉妬でヒロインを陰湿にイジメ、ヒロインの命を脅かした罪で死刑にされる。
アンはこの世から退場必須の存在である。
前世のことはもう、ぼんやりとしか思い出せない。残念なことに、乙女ゲーオタクだったことしか思い出せない。どれだけ気合の入ったオタクだったのだろうか。
(でもこれだけはわかる)
突如としてふんわり楽しいばかりの子どもの思考が晴れて、大人になってしまった。世界が急に輪郭を持って、オタク脳が働き始める。
(この世界には、推しがいる!)
鏡に映る美少女の猫目がギランとオタク特有の輝きを放った。
身体は美少女、頭脳は三十路オタク!
非常にお気の毒な結果だ。せっかくの転生、今度は頭脳明晰になりたかった。
(でも役柄は悪役令嬢だから、このまま行けば断罪死刑ルート。平穏無事に推しを覗くためにどうするか)
公爵令嬢として存分に甘やかされていることがわかる薔薇彫刻の縁取りが煌びやかな鏡台の前に座って、己の可愛すぎる顔に慄きながらもオタクのアンは考える。
どうしてこんなことに!よりも、すでにこの乙女ゲー世界でどう生きるかに思考は進む。異世界転生の妄想慣れしたオタクは切り替えと現状把握が強い。
乙女ゲー「君と魔王とLOVEしてる」は魔法高等学校を舞台とした恋愛ゲームである。
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