夢と知りせば

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 瀬葉の部屋は、中央に本で溢れたテーブルが置いてあり、床一面も無造作に本で埋め尽くされている。テーブルの片隅でコーヒーの湯気が白い日差しと絡み合いながらゆらゆら揺れている。外は寒いが、部屋の中は暖かい。  ソファで瀬葉が小説の表紙イラストを描いていると、可菜子が原稿を持って訪ねて来た。二人は可菜子の詩に瀬葉が絵を描く関係である。 「瀬葉さん、私いまだに恋と愛の違いがわからない」 「レタスとキャベツ位の違いだと思うよ」 「どっちがレタスでどっちがキャベツなの」 「恋がレタスで愛がキャベツだよ。キャベジンの半分は愛情で出来てるって言うだろう」 「それバファリンの半分は優しさでしょう」 そうだったと瀬葉が笑っていると、可菜子はこのまま眠りたいと瀬葉の膝の上に崩れ込んで俯いていると思うと仰向けになり、膝を触り頭を動かしながら昨日見た夢の話しを始めた。 「瀬葉さんが私のいる部屋に突然入って来て私の左こめかみにある二つのほくろをいきなり引っ掻て、あっ、ほくろだったんだと呟いたの。私は痛みより驚きのほうが大きくて言葉が出ないでいたんだけどね、それから暫くして瀬葉さん私の膝の上に頭を乗せて横になって頭を動かしながら何かを話していた。そして突然つまらないと言って部屋を出て行ってしまったの。私はその後、瀬葉さんが部屋に忘れていったものを見つけてはどうしようかと考えていたんだけど、心の奥底は二人にしかわからない安心感と完全にお互いがお互いを思い合っている確信で満ち溢れた温かな気持ちに包まれてね、目が覚めた時、これは夢だと知っていたなら、目を覚まさなかったと思ったのよ」  瀬葉は可菜子の話を理解する事は出来なかったが、なんとなくそれは自分への告白ではないかと思ったので、可菜子に尋ねると「あなたを嫌いになりたいの」と言って部屋から出て行ってしまった。  可菜子は瀬葉と話していると体の痛みが全部消えていくことがわかっていても、自分の心の中に瀬葉がいるのが嫌なのだ。それと同時に、どうしてこの広い世界にあなたしかいないのだろうと思うのである。  「昨日ここで会った人も、今日ここで会った人も、みんな運命の人、運命の人は沢山いるの、あなたは私の運命の人」  可菜子の書いた詩を読んでは理解に苦しむ瀬葉だが、運命の人は沢山いるには共感している。さて、この詩にはどのような絵を描こうかと悩んでいると「レタスとキャベツの違いを探しに、暫く日本を離れます」と可菜子からメールがきたので「レモンとグレープフルーツの違いも見つけて来て下さい」と返信した。
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