「重い」

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 中学卒業までは蒼悟くん美紅ちゃんと呼び合っていた二人だが、現在は高校二年生。つまり呼び方が変わってから一年半が経っていた。九年間同じ学校に通っていた美紅と蒼悟は違う高校に進学したのだが、それでもなお距離を取りたかった美紅からの提案だった。  美紅は課題を広げ、問題を解いていく。残るは数学のプリントが二枚。日曜の夜にするつもりだったが、あんなことがあったため終わっていなかった。  課題を必死に進める美紅と、ブラックコーヒーを嗜みながら読書を続ける蒼悟。美紅のカフェモカは少ししか減っていない。  美紅はチラリと蒼悟の顔を覗き見る。見慣れない金髪が目に入る。落ち着いた性格ながら、突拍子もないことを時々する彼の性格が思い返された。そんな派手で緩い外見でも、相変わらず大人っぽくて。心の余裕だってきっと私よりもずっとある。中学生の頃だってかなりモテていたし、ずっとお付き合いしている相手もいるのだろう。それと比べて自分は、元来茶髪の割に垢抜けられていないし、身長だって平均で、周囲から「はいはい」なんて窘められることもあるくらい子供っぽい。モテるだなんて無縁の言葉だ。  美紅の蒼悟への視線はだんだんと怪訝なものへと変わっていった。 「なに。美紅ちゃんどうした?」 「別に」  蒼悟の質問に美紅はぶっきらぼうに答える。微笑みながら尋ねてくるものだから、少し腹が立ったのだ。  美紅の、蒼悟に対する思考は止まらなかった。  困っている疎遠の友人が現れたなら自ら相席を申し出た。カフェの開店時間だって把握していた。甘いコーヒーしか飲めない自分とは違って、砂糖もミルクも入っていないブラックを好んでいる。気遣いに対して何度ぶっきらぼうに答えられても余裕な様子。そのどれもが美紅にはできないことで、苛立ちを通り越して自分のことを哀れんだ。美紅はぐっと唇を噛む。 「美紅ちゃん」  なんだ、実際に私は哀れまれていたのか。子供にするように声を掛けられ、美紅は決めつけた。 「俺が聞いちゃいけないこと?」 「なによ」 「俺が聞いてもいいことなら、話してみ?」  美紅は心配性で、すぐ不安になるところがあった。不安を抱え込むクセもあった。  昔から、我慢しようとすると唇を噛む癖もあった。 「そんなこと忘れていいのに」  かなり小さな声で、美紅はつぶやく。 「端的に言うとね?」  相変わらず蒼悟は穏やかな表情で美紅を見つめる。 「彼氏に振られました!」 「……なるほど。それ俺が聞いてもよかったの?」 「話させといてなんなのよ!」  美紅が言い返す。あんなに頼りになりそうだった蒼悟が、眉尻を下げながら困った顔で聞き返したからだ。美紅はそれがおかしくて笑ってしまった。 「あのね」  美紅は蒼悟へ、昨晩のことやそれが初めてではないことを打ち明けた。 「重くて振られるなんて、美紅ちゃんらしくないね?」 「私らしいわよ。だからみんな言うんだって」 「そう、なんだ。でも心配されるのなんて今のうちだぜ?」 「ねえ! 言ってることがおじさんみたいなんだけど!」  二人で声を上げて笑う。元々ご機嫌だった蒼悟はもちろん、酷い落ち込みだった美紅も笑顔になっている。 「まー、俺は心配大歓迎派だから。重いなら俺が半分持つし」 「大歓迎派ってなに。わかってる? 重いって物質的にじゃないかんね?」 「いいじゃん。物質的でも精神的でも持つ持つ」 「なにそれ、テキトーすぎない?」  また、二人で笑い合う。  元気を取り戻した美紅と、それを見ながら柔らかく微笑む蒼悟は、傍から見れば恋人のようだった。だが実際は、彼氏に振られた女子高校生と、そんな幼馴染を励ます男子高校生でしかなかった。今現在の状況に関して言えば、だが。  そして二人は同時に、カフェを後にする準備を始めた。ふと意識が周りへ向いたとき、周りの視線が自分たちのほうを向いていることに気が付かされたのだ。 「あ、ごめんなさいっ。お騒がせしました!」  カフェモカを一気に飲み上げた美紅は、蒼悟のグラスを早々と奪い返却口へ向かう。蒼悟も周りに会釈をしてその後を追った。 「うわー! 恥ずかし!」 「ごめん。俺が変なこと言ったから」 「いやいや私が変なこと話しただけだから。こちらこそ話聞いてくれてありがと!」 「……うん」 「また固まってるし! お互いにクセが抜けてなくてもう、笑っちゃう。じゃあまたね!」 「またねー」  カフェへ向かうときとは打って変わって、美紅は軽い足取りで帰路につく。その表情は昨晩のことなど忘れたかのように曇りのないものだった。蒸し暑さすら感じていないのではないかというほど爽やかだった。
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