8人が本棚に入れています
本棚に追加
最後に遊びにきてから、十四年が経っていた。それでも、海は記憶と何も変わっていない。透き通るような鮮やかな青と、光を反射する明るい白のコントラスト。見るだけで暑さを忘れるほど美しい景色に、つい、足を止める。
お盆を過ぎても、海水浴客は少し残っていた。お盆を過ぎるとイラが出ると教えてくれたのはお祖母ちゃんで、イラが方言だと知ったのは高校を卒業して東京に戻ってからだった。
少し離れたところから、話し声が聞こえ始める。顔を向けると、制服姿の男の子が三人、アイスを食べながら歩いてくるところだった。
「な、知ってる? ここ、十年くらい前に殺人事件があったんだぜ」
「マジ?」
半袖シャツにただの黒いズボンだから、一見どこの制服か分からなかった。でも通りすぎるとき、そのカバンを見て分かった――灰桜高校、母校の制服だった。
「ここってか、向こうのほうだろ? 倉庫があったっていう」
「ま、同じじゃん同じ」
「え、んじゃ殺人事件があったのってマジなの?」
「マジだよ、高校生がバットで殴り殺されたんだよ。うちの高校に伝説の不良がいてさ」
その子達は、私のことなど気にも留めずに通り過ぎていく。でも、まだ声は聞こえる。
「その先輩がさ、クソ野郎って有名だった不良をぶっ殺したんだよ」
「え、違うくね? そう言われてたけど、実は殺してなかったって話だよ」
あと数秒その返事が遅ければ、私が話に割って入ってしまっていただろう。
「あれ、そうだっけ」
「そうそう、俺、兄貴に聞いたもん。そんで兄貴は先輩に聞いたらしいんだけどさ」
「めっちゃ又聞きじゃん」
「でも本当なんだって。人情派っていうか、弱きを助けるみたいな感じの格好いい不良だったんだよ。そんで伝説だぜ、マジ憧れる」
そのまま、その子達は歩いて行ってしまった。
伝説、か。海にもう一度視線を戻して、溜息を吐き出した。
帰りの電車に乗るとき、ホームの柱に花火大会のポスターが貼られているのを見つけた。タイトルは『令和三年八月一日 一色市花火大会』……もう終わったはずなのにまだ貼ってあるところが田舎らしい。東京だったら、こんなものは花火の打ち上げと共に張り替えられてしまっているのに。
最初のコメントを投稿しよう!