名も無き者

10/11
前へ
/11ページ
次へ
 明治の初めの頃より、この病院を見守るように建っている銅像。  この病院の創始者であり、海外で医学を学び、日本の医療を進歩させた立役者だ。  その孫娘が今の経営者であり、病院に勤めた時に彼女の挨拶で創始者について触れていた。  今となっては、嘘か真実かはわからないけれど、移植手術を何度も成功させたことがあるのだとか。  ただその資料については一切残っておらず、またそんな技術もない時代の話しだ。  経営者ですら、嘘だろうと笑ってはいたが……。  ただ、この病院でもう一つ噂を聞いたことがあるのだ。  まるで都市伝説のような、創始者にまつわる話。  時代は戦後、街には親を亡くした子供たちがたくさんいて、人々が貧しい中、一部裕福な人間だけが医療を受けられた。  でもその中には、移植以外助けられる手立てはないと言われる人も含まれていたのだそうだが、この病院にかかり創始者が担当医になると、そんな病もたちまち治ったのだそうだ。  病に侵された部分を、まるで新しいものに取り換えたように元気になって――。  街では昨日まで駅で眠っていた子供が一人消え、二人消え。  どこかで野垂れ死んだのだ、とそう思ってはいたのだけれど、もしかして……?  死ぬ間際、創始者は煌びやかなベッドの上で横になり、虚ろな目で天井に向かって怯えながら謝っていたとか、いないとか。  そんな噂話、あるわけないだろと笑って聞いたことがあったけど。  乳幼児突然死症候群と呟く、およそ医師ならばすぐに出てくるだろう死因。  モドキが爺さんに見えた、あの顔は、今思えば創始者の銅像に、よく似ていた。  人間として許されないことをして、自ら影に溺れて、だけど悔いていた。  人間になど戻れることはないだろうけれど、白い魂をあの世に送り続けることがコイツに与えられた使命だとしたならば――?
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加