名も無き者

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 犬? いや、猫か?  昔のカルテを保管している倉庫の片隅で肩で息をし、震えているコイツを見つけたのは三ヶ月前のこと。 「誰だよ、こんなとこで飼育しようとしたやつ」  感染症にでもかかっているのか、毛はところどころ抜け落ち、その背中は痩せこけ、尖っていた。 「ったく、参ったな。保健所に来てもらうにも、明日の朝じゃないと」  医者になって三年目、まだまだ研修医に毛の生えたような仕事しかさせてもらえていない。  だから、夜勤の合間に先人たちの作ったカルテを見て、今の医学でできることは? と勉強を続けていたのだ。  そんな中で厄介な生き物を発見してしまったのが、この不運の始まりである。  素手で触るのは噛まれる危険性もあるし、コイツが感染症ならば自分自身も罹患する恐れがある。  だが、捕獲せずに院内を逃げ回られたらと考え、決意を固めた。  ため息をつき、白衣を脱ぎ、そのまま包んでしまおうとした時だった。  フルフルと震えていたソイツは、俺の気配を感じ取ったのか突然跳躍をして。 「え?」  俺の右肩がズンっと重くなったと同時に、右耳に強い痛みを感じた。  マズイ、噛まれてしまった!  あわてて右耳を触っても、血はついていない。  だが、右肩になにかのっている気配は消えてはいない。  恐る恐る、視線だけを右肩に向けると暗闇で赤く光る双眼が、俺を見ていた。
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