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学生の頃と変わらない艶やかな黒髪は後ろに緩く撫で付け、切れ長の瞳はスクエアレンズのリムレス眼鏡を掛けていた。
高校生の頃は眼鏡なんか掛けて無かった。
今は眼鏡を掛け、その怜悧な美貌に拍車を掛けていると思った。
高身長の手足の長い体躯は、黒の仕立ての良いスーツに包まれていて、大人の男性の色香を纏うほどに魅力的。
それでも私は昔の忘れられない記憶。
高校生のとき。同級生だったブレザーを着ていた思い出の中の『黒須君』と被って仕方ない。
その綺麗な瞳の形も、整った鼻梁に、形の良い薄い唇も。あの頃の面影を宿したまま。
私もあの時の気持ちのまま。
今も想っている。
そんな私の気持ちも知る筈もなく、黒須君は淡々と、念を押すように。
「私と結婚して妻になればいい。と、言っても契約妻で構わない」
と、言ったのだった。
「契約妻……」
思わず言葉を繰り返す。
「そうだ。契約妻になればいい。妻になれば弁護を無料で引き受ける。妻を助けるのは夫の役目。何もおかしいことはない」
「そんな、いきなり。それに契約妻って……」
「私は今、ここの所長からお見合いを勧められていて穏便に回避したい。所長には随分お世話になっているし。だから非常に断り難い。今はまだ身を固めるより、もっと実績を積みたい。仕事に邁進したい」
「……黒須先生なら私なんかじゃなくて、」
もっと素敵な人が居るのではと、口籠もる。
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