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家に帰り、すぐに母の部屋に向かった。
母の部屋に行くと、母は花を活けていた。
栗色の座卓の上にはすらりと、背の高い水色の花器。
その隣には新聞の上に横たわる、瑞々しい水仙の花。切り鋏など。
スッキリと整理された和室に、微かに水仙の甘やかに漂う香りが心地良かった。
きっと、玄関の花を入れ替えようしていたのだろう。
「お母さん。ただいま。弁護士先生のところに行って来たよ」
明るい口調で、いつものように座卓の前に座る。
「おかえりなさい。本当に行って来たのね」
「だって、車の修理費用なんか絶対に払いたくないもん。むしろ、壊れて使えなくなった自転車の費用に慰謝料。こっちが請求したいぐらいなのに」
「それはそうだけど」
母は困ったように笑って、手に鋏を持ち。水仙の葉をパチリと切った。
そのまま手を動かす母に、黒須君から言われた言葉を伝える。短期で決着が付く少額訴訟が良いと。
何よりも相談した弁護士の人が凄く心強いと。
流石に契約妻だとか。同級生の黒須君だったとかは伏せた。そうして、最後はやっぱり母の決断が必要だと言った。
すると、母は柔らかい水仙の茎を持て余すように手が止まり。
「真白ちゃん。ありがとう。でもね、お母さん。此処に稽古に来てくれる人や、真白ちゃんに何かあったらどうしようって思ってしまって……」
「お母さん。だからって絶対修理費用なんか払ったらダメだよ。お父さんが死んだ理由だって、相手のよそ見運転だったじゃない。だから私、絶対にこのままなんて納得出来ない」
口に出すと思い出す。
私の中では父が死んだ日と。
黒須君との約束を守れなかった思い出は、セットなのだ。
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