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父が亡くなった日。それは黒須君と約束した、夏祭りの日だった。
約束の当日。
私は母にお願いして、髪の毛を可愛くアップにして編み込みにして貰い。白地に紫陽花が描かれた浴衣を着て。約束の会場に向かう途中で──帰宅途中のお父さんが交通事故に巻き込まれて、亡くなったと私のスマホに連絡が来たのだった。
訳も分からず、一目散に来た道を戻り。母と一緒に病院に駆け込んだ。
病院に到着して直ぐに。
お医者様から「心肺停止の状態です」と告げられたのは今でもはっきりと、覚えているのにそこから記憶が酷く曖昧で。
記憶は断片的で。細切れで。泣く母と祖母。病院。お医者様。物言わぬお父さん。白いお花。お葬式。黒い喪服。涙。
そんな事しか思い出せない。
その間、母は喪主や葬儀の対応。交通事故の加害者とのやり取りで疲れ果て。体調を崩し。祖母の実家を頼り、夏が終わる前にここに引越した。
気が付いたら夏が終わっていた。
あっという間の出来事。
父の四十九日を過ぎた時に、やっと気が付いた。黒須君との約束を守れ無かったことを。
好きも。さよならも。行けなくてごめんなさいも、言えず仕舞い。
スマホは私が酷く動揺していたのか、いつの間にか落としていたらしく。画面にはひびが入り、電源が入らなかった。
連絡したくても連絡手段が見つからなかった。
勿論、会いに行くと言う手もあったが──怖かった。
黒須君は優しいから、怒る事なんかないだろう。
でも、きっと。待ち合わせの場所でずっと待っていてくれたと分かったら、なんと言っていいか分からない。
しかも時間が経ってしまい、一言もなく引っ越してしまった。
もう、何を言っても今更過ぎる。
きっと黒須君も迷惑だろうと──それっきりになってしまったのだった。
そんな思い出に浸り。知らずのうちに部屋に沈黙が広がっていた。
また母がパチンと鋏で葉を落とす音に、思い出から現実に引き戻された。
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